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2025.03.06学校行事

第38回卒業証書授与式を挙行いたしましたーー5日

令和6年度卒業証書授与式が本校大講堂で開かれました。

卒業生全員の名前が呼ばれ、各クラス代表が登壇、平井廣治校長から卒業証書を受け取りました。

続けて、優等賞等の各賞授与もありました。

平井廣治校長 式辞

 別れを惜しむかのような雪も降りましたが、季節は確実に移り変わろうとしています。

 春の訪れとともに、新しい息吹を感じられるようになったこの良き日に、東野高等学校 第38回卒業証書授与式を挙行できますことは、大変ありがたく、本校教職員を代表して感謝申し上げます。

 はじめに、ご多忙の中、本日の式典にご臨席賜りました入間市長 杉島 理一郎様、埼玉県議会議員 松本 義明様をはじめ、ご来賓の皆様に篤く御礼申し上げます。

 また、今日まで卒業生を支え励ましていただいた保護者の皆様、本日はお子様のご卒業、心よりお慶び申し上げます。

 併せまして、ここまで本校の教育活動にご理解とご支援を賜りましたこと、改めて深く感謝申し上げます。

 本校に入学されてから卒業を迎えた本日まで、お子様たちは様々な面で成長されました。

 「18歳成人」という意味では、お子様たちは、それぞれが自立した大人と言えます。

 しかし、この後、新たな一歩を踏み出すうえでは、期待とともに、心配な気持ちを持っているかも知れません。

 今後も是非、お子様たちを見守るとともに、時には温かく、時には厳しくお声がけをいただけたらと存じます。

 さて、卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。
 皆さんは今日、東野高等学校での学校生活を終え、新たな世界へと旅立ちます。

 新たなスタートを迎える前に、皆さんがこの東野高等学校で過ごした三年間を一緒に振り返ってみましょう。

 まずは1年目、所沢ミューズでの入学式から皆さんの高校生活は始まりました。
 ちょうどその日は、春の始まりとは思えないほど暖かったのをはっきりと覚えています。
 新型コロナウィルスの影響はまだ残りつつも、制限がだいぶ緩和されてきた中、中学校時代にはなかなかできなかった学校行事に一生懸命取り組んだ1年だったのではないかと思います。

 私がこの年に、最も印象に残っているのは、世界が平和であるように祈りをこめて、ウクライナとロシア両国の国花でもあるヒマワリの苗を、皆で植えたことです。
 平和を願ったその時の気持ちを、是非これからも持ち続けてもらいたいと思います。

 続いて2年目、中堅学年として様々な面で成長した1年だったのではないかと思います。
 部活動や委員会活動においても、後輩ができたことにより、先輩としての自覚が芽生えてきたと思います。

 ただ、皆さんが最も印象に残っているのは、やはり修学旅行ではないでしょうか。
 この年は、カナダ、北海道、沖縄の三方面に分かれての修学旅行でした。
 私は沖縄に同行しましたが、平和についての学びを深める一方で、生き生きとした表情で豊かな自然を満喫していた姿が印象に残っています。
 カナダや北海道を訪れた人たちも、それぞれに心に残る体験があったのではないかと思います。

 そして3年目、最高学年として色々な場面でリーダーシップが求められたと思います。
 まずは、5月開催になった体育祭。
 コロナの影響によって、前年までは参加種目以外は教室で中継を見る形でしたが、久しぶりに全校生徒がグラウンドに集まって開催することができました。
 それまでとはまったく違った熱気あふれる中で、実行委員長や各団の団長を中心に素晴らしい体育祭を実現させてくれました。

 また、9月の「芸術WEEK」では、合唱祭では初の試みとなった学年合唱でまとまりのある歌声を響かせてくれました。
 その後に開催された文化祭(盈華祭)では、新しく生まれ変わったホームルーム通りでの食品販売などにより、行事の盛り上がりに大きく貢献してくれました。

 その一方で、各自が己の進むべき道を考え、その実現のために努力を重ねた年だったはずです。
 もちろん、目指したものが必ずしも実現できたわけではなかった人もいるかも知れません。
 ただ、自分自身と向き合い、目標に向けて努力をしたならば、その経験は間違いなく皆さんの成長につながったと思います。

 さぁ、ここまで皆さんが過ごした3年間を、私が見てきた目線で振り返ってみました。
 どうしても多くの人に共通する事柄を挙げることになるので、皆さん一人ひとりで振り返ったときには、まったく違う3年間だったかもしれません。
 ただ、あえて今日、この場で一緒に3年間を振り返ったのには理由があります。

 私が世界史、特に現代史の授業を担当した際、最後の授業で必ず紹介するようにしている言葉があります。
 今日は授業ではなく、この式辞の中で、是非皆さんにもその言葉をお伝えしたいと思います。

 その言葉というのは、1985年に当時西ドイツ大統領だったヴァイツゼッカーという人物が、ドイツが第二次世界大戦で敗北して四十年が経ったことを記念した式典で述べたものです。

 まずは、いくつか補足の説明が必要だと思いますので、それをお話しいたします。
 皆さんもここまでに様々な場面で習ってきたと思いますが、第二次世界大戦は、今から約80年前に終わった世界中の国々を巻き込んだ大戦争でした。
 その結果、ドイツは日本などとともに敗戦を喫し、その後の世界情勢の中で国が西と東に分断される憂き目を見ました。
 当然、ドイツの人々にとってみれば、第二次世界大戦が終わった日というのは、苦々しい、できれば触れたくないものだと考えられます。
 しかし、日本で8月15日を終戦記念日としているように、ドイツでは第二次世界大戦での敗北が決まった日を敗戦記念日とし、必ず過去に思いをはせる日としています。
 そして、その過去を振り返る式典において、ヴァイツゼッカー大統領は次のように述べました。

 「われわれにとっての5月8日(ドイツ敗戦記念日)とは、何よりもまず人々が嘗めた辛酸を心に刻む日であり、同時にわれわれの歴史の歩みに思いをこらす日でもあります。
 この日を記念するに際して誠実であればあるほど、よりこだわりなくこの日のもたらしたもろもろの帰結に責任がとれるのであります。……罪の有無、老幼いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません。全員が過去からの帰結に関わり合っており、過去に対する責任を負わされているのであります。
 心に刻みつづけることがなぜかくも重要であるかを理解するため、年を重ねた人もまだ幼い人もたがいに助け合わねばなりません。また助け合えるのであります。
 問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけではありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにしたりするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも目を閉ざすこととなります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。」

 少し長く紹介しましたが、皆さんに特に胸に刻んでもらいたいのは、「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも目を閉ざすことになる」という言葉です。
 人間がここまで他の動物に比べて優位な立場で存在している要因、その大きな一つは、過去を生かしてきたということだと私は考えます。
 成功にしろ、失敗にしろ、自らの経験はもちろん、先人たちの数多くの経験を振り返り、そしてそこから得た学びを基にしながら未来を切り拓いてきた。

 その繰り返しの中で存在しているのが、我々が生きている現在ではないでしょうか。
 人は過去に学び、現在を考え、そして未来に向かう生き物です。
 過去に学ぶ術、それこそが「振り返る」ことであり、「振り返る」ことこそが、人をさらに成長させることになると信じています。

 だからこそ、今まさに新たなスタートを迎えようとしている皆さんには、ここまでの皆さん自身を振り返り、そこで得られた教訓を胸にこれから先の人生を進んでもらいたいと心から願っています。

 さぁ、いよいよ旅立ちの時が近づいてきました。
 これから先の皆さんの人生には、無限の広がり、多くの人とのつながり、そして可能性に満ちた未来が待っています。
 もし、進むべき道に迷ったときには、東野高校の「建学の精神」を思い出してください。

「知識は第一の宝、品行は最高の美、忍耐は無上の力」

 この言葉は、これから先も常に皆さんの進むべき道を指し示してくれるはずです。

 皆さんの未来が素晴らしいものになることを信じ、卒業証書授与式の式辞といたします。

令和7年3月5日
東野高等学校 校長  平井 廣治

中川進理事長 あいさつ

 卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。

 ご家族の皆様、本日はおめでとうございます。

 会場が手狭なため、今日の式を一堂に会して行えないことが心残りですが、お子様方の様子がよりはっきり伝われば、と式の撮影、同時配信を入間ケーブルテレビ・FMチャッピ―に依頼してございます。大きく映ったお子様の様子をご覧頂ければ、と思います。

 3年前、あのコロナ禍の中にお預かりしたお子様方は立派な若者に成長され、今日、本校を旅立ち、次の舞台へと進まれます。
 私どもも一抹の寂しさは禁じ得ませんが、その洋々たる前途を祝すものでございます。
 また、本学園・学校に対しまして、物心両面からのご支援を賜りましたことを、御礼申し上げます。有難うございました。
 さて、卒業生の皆さん、先ほど皆さんが手にされた卒業証書は、所定の学業を終えられた証(あかし)です。これまでの皆さんの努力を称え、敬意を表したいと思います。

 この後、皆さんが活躍される社会は、情報技術の急速な発達や普及によって想像以上に速いスピードでグローバル化が進み、国境がなくなっている、つまりボーダーレス化しているといってもよいと思います。
 皆さんもこれからは、海外へ行くことや、海外の人との接触が増えていくことが当たり前になっていきます。
 その為にも、国際人としての基礎というか、心構え・常識を備えていることが必要となってくるでしょう。
 しかし、そんなに難しいことではありません。要点を二つほど話します。

 一つ目です。
 どこの国へ行っても必ず国旗があります。世界中の国が、他の国とは違うという、自分達だけの独自のマークに誇りを持っています。
 イギリスへ行ったらイギリスに、韓国に行ったら韓国に、その国に敬意を持たなければなりません。これが国際人としての基本的な最初の常識です。勿論、その国の人達にもです。

 二つ目です。
 昨年の2024年、日本の人口は1億2,100万人。同じ年に日本を訪れた外国人旅行者は3,690万人。日本人の人口の約30%にも相当します。
 反対に、日本を出国した人数は、1,300万人、約10人に1人が海外に行ったことになる数字です。本学生徒も修学旅行・語学研修・短期留学等でこの出国者人数に含まれています。
 また、来日した海外の人のなかには、何度も日本を訪れ、私達が驚くくらい日本の文化に詳しい人もいるそうです。初めて来日し、すぐに再来日の希望を持つ人もたくさんいるとも聞いています。日本の何が彼らの心を惹きつけるのでしょう。

 皆さんの世代より前の私達は、日本的なものは何となく「古い」とか「ヤボったい」とか言って海外のものに「格好良さ」を感じてきたように思います。
 そして、日本を訪れる人達は、日本の文化や伝統、自然、スポーツ、食べ物等に心を惹かれることが多い、ということに気が付かなかったのではないかと思います。私達は自分の国の持っている素晴らしいものの価値を知らなさ過ぎたのではないかと思います。

 城や庭園、神社仏閣、茶道や華道といった日本独自の文化や歴史などもっと学び、自分の国についての理解を深め、それを外国に発信できるようにならなければ、外国の人から見たら日本人は自分の国について知らなすぎる、と言われても仕方ない。私達は外国からいいものをたくさん学びました。しかし海外に人も日本について知りたいことがたくさんある。そうしたことに答えられる人、教養人とは、自国の文化・芸術・伝統を理解している人のことをいうのです。

 これから皆さんは、グローバル社会に通用するためにも、相手の国と人に敬意を持つこと。そしてわが国の文化・芸術・伝統をしっかり学び、時には海外の方にも説明できるくらい自国のことに精通する。この2点は心しておいたほうがいいと思います。

 次に、先月新聞記事の中に懐かしい小説の題名に出会いました。
 『戦争と平和』という世界中に読まれている小説を書いた、レフ・トルストイというロシアを代表する作家の『人には、どれほどの土地がいるか』という一風変わった題名の短編小説です。私が高校時代、学校の推薦図書の中の一冊でした。内容を忘れてしまい先日、読み直してみました。ちょっとばかり面白かったので、皆さんに紹介したいと思います。あらすじはこうです。

 主人公は、パホームという農夫です。親から受け継いだ今の土地よりももっと大きな土地を欲しがっていましたが、運よく広い土地を手に入れます。すると近所の人との争いが起こり、いやになって別の村のもっと大きな土地をさがし、そこに移り住むのですが、そこでももっと大きな土地はないかと探している時、こんな話を耳にします。

 ある村に住む人達は素朴な人が多く、皆大きな土地を所有している。パホームはその土地を訪ね、できるだけ低価格で多くの土地を購入しようとして、“日の出から日没までに歩いた土地を1,000ルーブル(日本円で1,700円くらい)で買う。しかし日没までに出発点に戻らなければ、お金も土地もあきらめる。”という約束をします。
 パホームは一生に一度の掘り出し物を見つけた、と大喜び。

 その夜、パホームは悪魔が笑っている足許で自分が横になっている、という不気味な夢を見ます。
 土地を買う当日、パホームは日の出とともに歩き、太陽が沈む直前まで歩き回り、多くの良い土地を手に入れられるという喜びでいっぱいでしたが、日没近くなって自分が出発点からはるか遠くまで来てしまったこと気づき、約束の場所まで一目散に走って帰ります。ちょうど太陽が沈む頃、出発点に戻ります。

 村人は彼の幸運を喜び、ほめてくれるが、パホームは走り疲れて倒れたまま息絶えてしまいます。村の人々はパホームを埋葬してくれます。

 題名の『人にはどれほどの土地がいるか』の答えが最後に出ます。

頭の先から足許までの土地、彼の柩を入れるだけの土地が必要だった

というわけです。パホームは「愚か者」だったのでしょうか。人間の欲望にはきりがない。悪魔が夢に現れた時、これ以上の欲を持ったら悪魔にさえ見放される、ということだったのでしょうか。何事も丁度よいところの見極めが必要だ、ということなのでしょう。
 文豪レフ・トルストイの人間観がよく出た作品だと思います。
 このような話でしたが、あまり調子のいい話や儲け話が出た時には思い出してみてください。
 ところで、この盈進学園は今年で創立100年、1世紀。東野高等学校は、40年を迎えます。
 いつまでも皆さんの母校です。いつでも訪ねてきてください。
 本校卒業生であることに誇りをもって、それぞれの道でご活躍されることを学校・学園関係者一同祈念いたしております。

 最後になり恐縮ですが、公私ともにご多端の中、本式にご臨席の栄を賜りました、入間市長 杉島理一郎様・埼玉県議会議員 松本義明様を始め、たくさんのご来賓の皆様に卒業生の門出を祝っていただいておりますこと誠に有難く、光栄であります。有難うございます。
 衷心より御礼を申し上げ私の挨拶といたします。

令和7年3月5日
学校法人盈進学園 理事長 中川 進

入間市長・杉島理一郎様、埼玉県議会議員・松本義明様からもご祝辞を頂戴しました。

送辞 在校生代表・梅林 煌

 厳しい寒さの中にもほのかな温もりを感じるようになり、東野高校の象徴である大きな池にも一羽の白鷺が舞い降りる季節となりました。本日ここに、盈進学園東野高等学校第38回卒業式が厳粛に挙行されるにあたり、在校生一同を代表し、心よりお祝い申し上げます。
 卒業生の皆様はこの三年間、日々の授業に真剣に取り組まれ、定期試験や受験勉強に励みながらも学校行事や部活動、委員会活動においても素晴らしい成果を残されました。しかし、その道のりは決して平坦なものではなく、時に困難や試練があったことと思いますが、それらを乗り越え、今日この日を迎えられたことに心から敬意を表します。そして、その努力の一つひとつが、私たち在校生の胸にも深く刻まれ、この学校の歴史の中に刻まれていくことでしょう。
 特に印象的だったのは昨年九月の文化祭です。夏休み中にバリアフリー化され、多目的利用ができるようになったHR通りの、まさにこけら落としとして、3年生各クラスの個性を生かしたフードコートは下級生の私たちだけでなく、来場された方たちにも大変好評でした。このことは今後の東野高校の文化祭のあり方やHR通りをどのように 活用していくかということ私たちに示してくれました。
 また、先輩方が示してくれたのはこのことだけではありません。何かわからないことがあれば豊富な知識で的確なアドバイスを与えてくださり、先輩後輩の学年を超えた人付き合いでは、道徳的な行動や誠実さ、思いやりなどの内面的な美しさを、学業や部活動ではたくさんの困難や苦しみがあっても耐え抜く姿を見せ、東野高校の建学の精神である「知識は第一の宝」・「品行は最高の美」・「忍耐は無上の力」を体現してくださいました。先輩方の情熱や努力が私たち後輩にも強く伝わり、本当に多くのことを学ばせていただきました。
 これからの道のりは、それぞれ異なるものとなります。新しい環境に飛び込み、挑戦を続けていく中で、不安や困難に直面することもあるかもしれません。しかし、ここ東野高校で過ごした日々、共に笑い合い、励まし合った仲間、そして支えてくださった先生方やご家族の存在がきっと大きな支えとなるはずです。どうか、自分自身を信じて未来へ歩んでいってください。私たち在校生も、先輩方が築いてくださったものを受け継ぎ、東野高校をさらに素晴らしいものにできるよう、一歩ずつ成長していきたいと思います。いつの日か、先輩方とまたお会いしたときに、誇れる後輩でいられるよう努力を重ねてまいります。
 卒業生の皆様の前途に幸多からんことをお祈りし、感謝の気持ちとともに、心からの祝福を贈らせていただきます。ご卒業、本当におめでとうございます。
令和7年3月5日
在校生代表 梅林 煌

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答辞 卒業生代表 上榁あかね

 頬を伝わる風が和らぎ、日ごとに春めいてきました。
 私たち三十八期生は本日、この東野高等学校を卒業いたします。
 理事長先生、校長先生をはじめとする諸先生方、このような素晴らしい式を挙行いただきましたこと、心から深く感謝申し上げます。
 また、保護者の皆様、私たちのために足をお運びくださり、ありがとうございます。卒業の日を迎え、改めて東野高校での三年間を振り返ると、様々な思い出が蘇ってきます。
 コロナ禍にあった中学校生活。常に我慢をしてきた私たちは、新たに始まる東野高校での生活に大きな期待と希望を抱き、入学いたしました。
一年次は知見を広げる年となりました。入学後初めての校外学習となった東野ウォーク。挑戦を重ねたウインタースポーツ実習。緊張しつつも自然と触れ合い協力しあう中で、クラスメイトとの距離を縮めることができました。
 二年次は選び、考えることの大切さを実感しました。部活でも委員会でも中心となった私たちが自分たちで選び考える日々となりました。また、修学旅行ではカナダ、北海道、沖縄の中から行き先を選び、それぞれの地域の文化や歴史に触れ、多様な価値観があることを学びました。
三年次は、自分自身の進路について、自分で決めて実行していく日々となりました。しかし、将来と向き合う中で不安になり、どうしたらいいか分からなくなってしまったこともありました。そんな時に、私たちをよりよい道へと導いてくださったのが先生方でした。先生方は私たちのために、あえて厳しい言葉をかけてくださいました。困った時には助けてくださいました。そして、常に私たちを見守ってくださいました。それらの全てが、私たちの進路実現を後押ししてくださいました。先生方の存在が、前に進む原動力となったのです。
 また、いつも私たちを一番近くで支えてくれたのが、家族でした。進路について思い悩んでいる時、身体的な面だけではなく、精神的な面でもサポートしてくださいました。とても嬉しく思うのと同時に、感謝の気持ちでいっぱいです。
 個人的なこととなりますが、私は、東野高校入学時に掲げた目標がありました。それは生徒会に立候補し、学校をさらによくするというものでした。結果として、二年間生徒会で活動し、生徒会長も務めさせていただきました。そこでは「学校の改善すべき課題と向き合う」ということをモットーに取り組んできました。
 しかし、最初の頃は生徒からの意見をどのように集めて反映させていくべきなのかと思い悩むこともありました。そして、生徒会で話し合い、新しい試みとして意見箱を設置したり、QRコードで読みとれるデジタルな意見箱を作成したりしたことで、より幅広く生徒の意見を集めることができました。これらの経験を踏まえて、何事も挑戦することが大切であると実感しました。ですから、後輩の皆さんも、たとえ困難に感じることがあっても最初から諦めず、一度挑戦してみてください。

 まもなく、旅立ちのときとなります。夢への道は決して平坦なものではなく、険しく厳しい道をたどることもあると思います。しかし、そんな時にこそ、東野高校で得た「知識は第一の宝」「品行は最高の美」「忍耐は無上の力」の精神を発揮する時です。これらを礎に、私たちはこれからも前進し続けます。
 最後になりましたが、理事長先生、校長先生をはじめとする諸先生方のご健勝と、東野高校のさらなる発展を祈念し、卒業生の答辞といたします。
令和7年3月5日
卒業生代表 上榁あかね

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卒業生の入退場は吹奏楽部による生演奏。1.2年生の吹奏楽部員たちは先輩への感謝の気持ちを音色として届けました。

保護者の皆さまには、会場の都合上体育館にて式典のライブ中継を視聴していただきました。