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2026.03.05学校行事
令和7年度卒業証書授与式が本校大講堂で開かれました。

卒業生全員の名前が呼ばれ、各クラス代表が登壇、平井廣治校長から卒業証書を受け取りました。


続けて、優等賞等の各賞授与もありました。


冬の名残を感じながらも、確かに春の足音が聞こえてくる季節となりました。本日、この良き日に、東野高等学校 第39回卒業証書授与式を挙行できますことは、大変ありがたく、本校教職員を代表して感謝申し上げます。
はじめに、ご多忙の中、本日の式典にご臨席賜りました埼玉県議会議員 松本 義明様、
学園創設者ご令孫 丸山 浩一様をはじめ、ご来賓の皆様に篤く御礼申し上げます。
また、今日まで卒業生を支え励ましていただいた保護者の皆様、本日はお子様のご卒業、心よりお慶び申し上げます。
併せまして、ここまで本校の教育活動にご理解とご支援を賜りましたこと、改めて深く感謝申し上げます。
本校に入学されてから卒業を迎えた本日まで、お子様たちは様々な面で成長されました。
「18歳成人」という意味では、お子様たちは、それぞれが自立した大人と言えます。
しかし、この後、新たな一歩を踏み出すうえでは、期待とともに、心配な気持ちを持っているかも知れません。
今後も是非、お子様たちを見守るとともに、時には温かく、時には厳しくお声がけをいただけたらと存じます。

さて、卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。
皆さんは今日、東野高等学校での学校生活を終え、新たな世界へと旅立ちます。
三年間の高校生活の中には、様々な思い出が詰まっているのではないかと思います。
たとえば、一年生の行事で言えば、ウィンタースポーツ実習などが印象に残っているのではないでしょうか。
私も初日に同行しましたが、あの年は例年に比べて降雪が少なく、現地に向かうバスでいつもならば雪が積もっているような場所でもまったく雪がなく、「大丈夫かな」と心配したのを覚えています。
ただ、志賀高原に着いてみると見事な雪景色が広がっており、高校生活初めての宿泊をともなう行事を満喫できたのではないかと思います。
二年生の時には、従来の英検週間から名称を改めた英検WEEKに、探求WEEKと芸術WEEKも加わり、「三種のWEEK」が本格的に始まりました。
特に9月は、合唱祭と文化祭の準備に一生懸命取り組んだ思い出があるのではないでしょうか。
合唱祭では慣れないスケジュールの中でも練習を重ね、クラスごとに思いを込めた歌声をこの大講堂に響かせてくれました。
東儀秀樹さんをお招きした芸術鑑賞祭を挟んで、盈華祭ではホームルーム通りが大きく開けたことにより、一年次とはまた違った雰囲気の文化祭を楽しんでいたように感じました。
そして、皆さんが三年生として過ごしたこの2025年度は、盈進学園が創立100周年、東野高等学校が開校40周年を迎えた本当に特別な一年でした。
5月の体育祭は、学校ではなく川越運動公園陸上競技場での開催でした。
当日は天候にも恵まれ、清々しくも大いに盛り上がった一日になりました。
9月11日、所沢市民文化センター・ミューズでの周年記念式典は、今でもしっかりと皆さんの記憶に残っているのではないでしょうか。
歴史と伝統を受け継ぎながらも、新たな未来を見据えて動き出す節目となるこの年を、最高学年として支えたことに、改めて誇りと自信を持ってもらいたいと思います。
ここまでは東野高等学校での三年間を少しだけ振り返ってみました。
そのうえで、新たな門出を迎える皆さんに、ある一つの言葉について話したいと思います。
その言葉は、皆さんの学年においては、本校の「建学の精神」とともに、三年間ずっと身近にあったであろう言葉…学年主任が学年テーマとして、また学年通信のタイトルとして三年間使い続けてきた言葉…そう、「守破離」です。
「守る」、「破る」、「離れる」という三つの要素からなる「守破離」という言葉は、茶道や武道、能などの芸道において修行における過程や段階を示したものです。
諸説ありますが、この言葉が広く知られるようになったのは千利休がきっかけです。
千利休は戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した茶道を代表する人物で、彼の教えをまとめた『利休道歌』に「規矩作法 守り尽くして破るとも 離るるとても本を忘るな」という歌があります。
「基本の型や作法を徹底的に守り、それを破り、さらにはその型から離れても、決して物事の本質を忘れてはならない」という意味で、これを基に江戸時代の茶人である川上不白が「守破離」という過程を体系化したとされます。
まず「守」、「守る」は、自らが属する流派や師とする人物の教えや型、技を忠実に守り、確実に身につける段階です。
この段階で必要となるのは、基本となるものを余すところなく吸収するための素直さです。
次の「破」、「破る」は、自らの流派や師の教えだけにとらわれず、他の流派のやり方や素晴らしいとされる人物について学び、自らが身に付けてきた技芸を発展させる段階です。
この段階で必要となるのは、勇気を持って新たな一歩を踏み出す主体性です。
そして「離」、「離れる」は、それまで身に付けてきた基本的なものや、工夫をすることによって発展させたものを踏まえて、従来の流派や師から離れて独自の新しいものを生み出す段階です。
この段階で必要となるのは、学び続ける姿勢と弛まぬ努力を前提とした、創造力です。
第39期生の皆さんは、一年生で「守」、二年生で「破」、三年生で「離」をそれぞれ学年テーマとして、ここまで歩んできたはずです。
その学年テーマには、「三年間でしっかりとした成長を遂げたうえで、それぞれの進路を力強く切り拓いて欲しい」という学年の教員の期待や願いが込められており、そうした中で皆さんはそれぞれの成長を遂げ、高校生活においては今日まさに「離」を迎えます。
その一方で、「離」は新たな始まりでもあります。
実際に、皆さんの人生はまだまだ始まったばかりです。
高校生活では「離」を迎えたといっても、新たに選んだ道においては、また一から学ぶべきこと、身に付けるべきことはたくさんあるはずです。
その際には、東野高等学校での三年間でいつも皆さんとともにあった「守破離」という言葉に従い、まずは「守」から、そして「破」に、最終的には「離」に至れるよう目指していってください。
それを繰り返した先には、必ずや今よりももっと大きく成長した皆さんの姿があるはずです。
さぁ、いよいよ旅立ちの時が近づいてきました。
これから先の皆さんの人生には、無限の広がり、多くの人とのつながり、そして可能性に満ちた未来が待っています。
「守破離」を意識しながら歩んでいく中で、もし進むべき道に迷ったときには、この東野高等学校の「建学の精神」を是非思い出してください。
「知識は第一の宝、品行は最高の美、忍耐は無上の力」
この「建学の精神」は、これから先も常に皆さんの進むべき道を指し示してくれるはずです。
皆さんの未来が素晴らしいものになることを信じ、卒業証書授与式の式辞といたします。
令和8年3月5日
東野高等学校 校長 平井 廣治
卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。また、ご家族の皆様、本日はおめでとうございます。
会場が手狭なため、本式を一堂に会して行えないことが心残りですが、お子様方の様子をよりはっきりお伝えできればと入間ケーブルテレビ・FM茶笛(チャッピー)に依頼し、大スクリーンでご覧いただいております。
3年前、コロナ禍からようやく解放された頃にお預かりしたお子様方は、心身ともに立派な若者に成長され、今日、本校を旅立ち、次のステージへと進まれます。
ご家族の皆様には感無量のことと存じます。私どもも一抹の寂しさは禁じ得ませんが、その洋々たる前途を祝すものでございます。
また、盈進学園創立100周年・東野高等学校開校40周年の祝事を始め、本学園・学校に対しまして物心両面からのご支援を賜りましたこと、衷心より御礼申し上げます。有難うございました。

さて、卒業生の皆さんがこの後活躍される社会について、二つほどお話しします。
一つ目は生成AIについてです。
生成AIの急速な発達は、私たちの社会に大きな影響を与え続けています。現在よりももっと様々な分野で活用されていることと思います。皆さんの大学生活や社会生活の中でもなくてはならない存在になっていくことでしょう。知識の習得や仕事の能率化にこれほど便利な助けはないと思います。
しかし、注意しておかなければならない点があります。人間と生成AIとの違いは、感情や自己意識を持っているかどうかが最大の違いだといわれています。当然のようにそこには大きな課題も生じてきます。
その情報は他人のプライバシーの侵害や情報漏洩に該当しないか、また人間社会の常識や倫理的判断という点ではどうなのか、法律的な問題は・・・等々。
私たちには、そうした情報に対するチェック能力も責任として求められていることも忘れてはならないことです。
二つ目です。
現在、日本政府が承認している国の数は世界中で196ヵ国。国連に加盟している国は、193ヵ国あるそうですが、そうした国の中で経済力や軍事力で特別大きな力を持つ「大国」と呼ばれている国がいくつかあります。
以前までそれらの国は、コロナ等の感染症対策や地球温暖化対策、また開発途上国の援助等、充分ではなくとも大国らしい振る舞いはあったように思います。
しかし近年は、自国第一主義の行動の前に、他国の都合やプライドを顧みることもなくなっているように見えます。
ある国は、自国の言い分だけで、隣の国へ攻め入り、未だに終わりの見えない戦いを続けています。別のある国は、突然世界の国々に新しい税率を課したと思ったら、数日前でしょうか、国力を背景にした他国への武力攻撃。まるで1870年代半ばからの植民地政策・帝国主義時代へ逆戻りしたかのようです。
皆さんは、今後海外へ行くことや海外の人との接触が当たり前のようになってきますが、そこには国際人としてのマナーも必要になってきます。
先月、イタリア各地で行われた冬のオリンピックや明日(3月6日)から始まるパラリンピックでは、選手たちは自国のユニフォームを着て、応援団は自国の旗を振り、表彰式は国旗を掲揚し、国歌を演奏し、会場の人達は国境を越えて拍手でたたえます。この精神で近代オリンピックは130年間、現在まで続いています。
皆さんも海外の人と接する時は、その国と人とに敬意を持つことを忘れないでください。
さて、これからの話は、昨年の卒業式でも話しましたが、ちょうど一年くらい前、新聞記事の中に「戦争と平和」という世界中に読まれている小説を書いた「レフ・トルストイ」というロシアを代表する作家の「人にはどれほどの土地がいるか」という一風変わった題名の短編小説の名が載っていました。以前読んだことがあったのですが、内容を忘れていて、もう一度読み直してみました。
ちょっとばかり面白かったので、皆さんに紹介したいと思います。あらすじはこうです。
主人公は、パホームという農夫です。親から受け継いだ今の土地よりももっと大きな土地を欲しいと探していましたが、運よく広い土地を手に入れます。少しすると近所の人との争いが起こります。そこで別の村のもっと大きな土地を探し、そこに移り住みますが、さらにもっと大きな土地はないかと探している時、こんな話を耳にします。
「ある村に住む人達は素朴で、のんびりとしていて、どの人も大きな土地を所有している。」と。
そこでパホームはその土地を訪ね、できるだけ低価格で多くの土地を購入しようとして、“日の出から日没までに歩いた土地を1,000ルーブル(ロシアの通貨単位、現在1ルーブル=2円くらい)で売ってもいい。しかし日没までに出発点に戻らなければ、お金も土地もあきらめる。”という約束をします。
パホームは一生に一度の掘り出し物を見つけた。こんな安い値段でとてつもなく広く大きな土地を手に入れられる。と大喜び。
その夜、パホームは悪魔が笑っている足許で自分が横になっている、という不気味な夢で目を覚ましますが、また何事もなかったかのように寝てしまいます。
土地を買う当日、パホームは日の出とともに歩き、太陽が沈む直前まで歩き回り、これで多くの良い土地を手に入れられるという大喜びでしたが、日没近くなって自分が出発点からはるか遠くまで来てしまったこと気づき、約束の場所まで一目散に走ります。ちょうど太陽が沈む頃、約束の場所にどうにか間に合いました。
村人は彼の幸運を喜び、ほめてくれますが、パホームは走り疲れて倒れたまま息絶えてしまいます。村の人々はパホームを埋葬してくれます。
このような話ですが、題名の『人にはどれほどの土地がいるか』の答えが最後に出ます。
頭の先から足許までの土地、つまり彼の柩を入れるだけの土地が必要だった
というわけです。パホームは「愚か者」だったのでしょうか。人間の欲望にはきりがない。悪魔が夢に現れた時、これ以上の欲を持ったら悪魔にさえ見放される、ということだったのでしょうか。
何事も丁度よいところの見極めが必要だ、ということなのでしょう。
文豪レフ・トルストイの人間観がよく出た作品だと思います。
あまり調子のよい話や儲け話が出た時には思い出してみてください。
ところで、盈進学園は学祖 丸山鋭雄先生の「人間教育」「個性教育」という教育理念を柱に100年に渡って世に人材を送り出してきました。
この入間の地に建てられた東野高等学校は昨年、開校40周年を迎え、益々発展を続けています。
皆さんは、本学園・学校の卒業生であることに誇りをもって、それぞれの道でご活躍されることを関係者一同心より祈っています。
また、最後になりまして恐縮ですが、公私ともにご多端の中、本式にご臨席を賜りました
埼玉県議会議員 —— 松本 義明様
学祖 丸山 鋭雄先生御令孫 —— 丸山浩一様
を始め、たくさんのご来賓の皆様に盈進学園・東野高等学校・第39期卒業生の門出を祝していただきましたこと、まことに有難く、光栄です。有難うございました。衷心より御礼申し上げまして挨拶といたします。
令和8年3月5日
盈進学園 東野高等学校 理事長 中川 進
埼玉県議会議員・松本義明様からもご祝辞を頂戴しました。

冬の寒さが和らぎ、うららかな春の日差しが降り注ぐ季節となりました。本日、この佳き日に旅立ちの時を迎えられる第39期生の皆様、ご卒業おめでとうございます。在校生を代表し、心よりお祝い申し上げます。
先輩方にとって、東野高校で過ごした3年間はいかがでしたでしょうか。体育祭や文化祭、修学旅行などの学校行事、仲間と切磋琢磨した部活動、友人と笑い合った何気ない日常。数えきれない思い出は、どれも素敵な思い出となり、これからも先輩方の心に残り続けることでしょう。
思い起こせば、先輩方はいつも私たちの背中を押してくださる偉大な存在でした。
学校行事では、準備から当日の運営まで率先して動きまわり、学校全体を活気づけ、成功へと導いてくださいました。また、委員会活動や部活動においても、放課後遅くまで作業をしたり、練習に向き合ったりと、努力を惜しまない姿を示してくださり、その姿が私たちの挑戦の支えとなりました。
こうした先輩方の大きな背中を追いかける中で、私には忘れられない出来事があります。個人的な思い出となり恐縮ですが、一年前、ダンス部として初めて全国大会の舞台に立つことになった私は、大きなプレッシャーに押しつぶされそうでした。不安でいっぱいになった時、先輩方がかけてくれた「大丈夫だよ、自信をもって笑顔でやりきろう!」という言葉。その温かい言葉に支えられ、本番の2分30秒。最高の演技で踊り切ることができました。つかみ取った「全国優勝」。あの日、先輩方と見た景色は一生忘れられないものになりました。私は、ダンスの技術だけでなく、人として大切にすべき「誠実さ」「責任感」「思いやり」を学びました。
また、2025年度は盈進学園創立100周年、東野高等学校開校40周年という本校の歴史に深く刻まれる節目の年でした。所沢市民文化センターミューズで挙行された記念式典。生徒代表の先輩が述べた「建学の精神を支えに仲間と協力すること、後輩たちへとこの思いをつなぎ東野高校の未来をともに創っていくこと、そして、平和への願い」。私も生徒会の代表としてこの思いを受け継いでいく決意を新たにしました。先輩方の協力のもと今年度より始めたオレンジガーデニングプロジェクトや高齢者向けスマホ教室など、地域活動も大切に継承し、誰もが安心して笑顔で過ごせる、より良い学校づくりに尽力することをここにお約束いたします。
いよいよ先輩方は三年間の高校生活を終え、それぞれの夢に向かって歩んで行かれます。新たな環境では、不安や困難に直面することもあるかもしれません。しかし、そんな時こそ、東野生として過ごしてきた3年間を思い出してみてください。様々なことに全力で取り組んだ自信、ここで出会った仲間の存在、そして建学の精神。きっと先輩方の背中を押してくれるはずです。どうぞ、ご自身の可能性を信じ、歩み続けてください。先輩方とこの学び舎でともに過ごせた日々を、私たちは心から誇りに思っています。
結びに、第39期生の皆様のご健康と、今後のさらなるご活躍を祈念して、送辞といたします。
令和8年3月5日
在校生代表 鎌田美優

鶯たちの声が校舎をにぎわし、春の訪れと巣立ちのときを告げています。
本日、私たち39期生は東野高等学校を卒業いたします。
理事長先生、校長先生をはじめ諸先生方、このような素晴らしい式を挙行いただきましたこと、深く御礼申し上げます。また、私たちのために足をお運びくださった保護者の皆さま、誠にありがとうございます。
今、改めて3年間を振り返ると、様々な思い出がよみがえってきます。
3年前、新しい環境への期待と、人との関わりやコミュニケーションに大きな不安を抱えながら、私たちはこの東野高校の門をくぐりました。そんな不安を一気に解きほぐしてくれたのが、1年生で行われた東野ウォークでした。共に歩き、語り合う中で、それまでの緊張が嘘のように消え、仲間との距離が縮まったことを今でも鮮明に覚えています。冬のウィンタースポーツ実習では、スキー場という非日常の中で、互いに助け合う喜びを学びました。慣れない雪山で、何度も転びそうになる私を誰かが支えてくれたり、斜面を滑り降りる仲間に自然と励ましの声をかけ合ったり、一つひとつの小さな助け合いが、寒さを忘れさせるほど心を温めてくれたことを覚えています。
1年生では体育祭を教室で応援していましたが、2年生になって全校生徒全員が揃ってグラウンドで応援することができるようになりました。全校生徒が一堂に会し、全力で声を張り上げたあの盛り上がりは何にも代えがたい瞬間でした。また、カナダへの修学旅行では、伝えたい言葉がすぐに出てこず、戸惑うこともありました。しかし、拙い英語でも諦めずに身振り手振りを交えたり、スマートフォンの画面を見せ合ったりしながら、必死に思いを伝えようとしました。そうして仲間の助けを借りながら、相手に自分の気持ちを伝え、笑顔が返ってきた瞬間の喜びは、今も忘れることができません。
そして最高学年となった3年生。文化祭の中心となる飲食出店ができるということでどのクラスも気合を入れて準備をしていました。その他にも全体企画では、私たち3年生が主体となってステージを盛り上げることができました。誰かがステージに出るときは皆で応援したり、店が忙しいときには店番の時間外でも助け合ったりと、文化祭を通して仲間の大切さを再認識することができました。また、私たちが最高学年として過ごしたこの1年は、盈進学園創立百周年という記念すべき年でもありました。百年の歴史の中で、先輩方が築き上げてこられた伝統の重みを感じると同時に、その大きな節目に立ち会えたことを誇りに思います。この特別な年に、東野高校の新たな1ページを自分たちの手で刻めたことは、私たちにとって一生の思い出となりました。その後、私たちはそれぞれが志望する進路という、人生の大きな壁に直面しました。その高い壁に挫けそうになる心を奮い立たせてくれたのは「建学の精神」でした。知識は第一の宝・品行は最高の美・忍耐は無上の力。進路実現に向けて進む中で受験を突破する知識、面接で発揮される品行、そして努力し続ける忍耐が私たちの中に確かに養われていることを実感しました。そしてこの高い壁を乗り越えるとき、私たちは一人で戦うのではなく、仲間と手を取り合いました。教室の片隅で、納得がいくまで何度も繰り返した面接練習。授業後も気合を入れ直して必死に取り組んだ放課後講習。互いに厳しいアドバイスを送り合い、時には励まし合いながら、最終下校時刻まで共に机に向かいました。苦しい時、常に隣には同じ志を持つ仲間の存在がありました。そうして切磋琢磨し合った日々があったからこそ、私たちは今、自信を持ってここに立っています。
東野高校での3年間は、その全てが煌く宝石のような日々でした。
この素晴らしい思い出を胸に、私たちは今日、ここからそれぞれの夢や目標に向かって飛び立ちます。
私たち39期生に関わってくださったすべての皆様へ多大なる感謝とますますのご活躍を祈念し、答辞といたします。
令和8年 3月5日
卒業生代表 梅林 煌


卒業生の入退場は吹奏楽部による生演奏。1.2年生の吹奏楽部員たちは先輩への感謝の気持ちを音色として届けました。


保護者の皆さまには、会場の都合上体育館にて式典のライブ中継を視聴していただきました。
