2023.05.10
「天下人たちの文化戦略 科学の眼でみる桃山文化」(北野信彦、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)
NHK大河ドラマの主人公が徳川家康ということで家康や戦国時代に関する本が書店にたくさんならんでいます。同時代にいわゆる「天下人」と呼ばれるのが織田信長、豊臣秀吉、そして家康なわけですが、「天下人」をタイトルに織り込んだ近刊2作が対照的でいろいろと考えさせられます。
「軍事革新」の本郷さんは専門の鎌倉時代にとどまらず戦国時代に関する著作も多く、最近では、日本史研究で軍事面の研究が忌避される傾向にあったことに疑問を投げかけています。
ここでも、合戦の物語などに出てくる兵士数については大名領国の経済力(米の収穫量や交易での利益など)からその数が適切かどうか分析、長期間の戦争に必要な兵站(兵士の食料など)も計算し、やはりこの3人の天下人がずば抜けていたと説きます。
軍事力=兵士の数であり、それを動かす強制力、すなわち権力の発動が必要。また兵士を育成、保持する経済力も求められる。領地を広げていくなかで、それらを蓄え、組織も整備していった。
それを意識して行ったのが信長、秀吉、家康――と明快で、「三人の天下人は武田信玄や上杉謙信らとは異次元の存在」と言い切ります(信玄や謙信を好きな方、すいません)。
この天下人が武力・戦力だけでなく文化戦略にも秀でていて、「文化」で他の大名らを圧倒したというのが北野さんの著作。
彼らが優れた芸術家を取り立て、あるいはスポンサーになったという点は従来から知られたところではありますが、ここでは、彼らが積極的に海外から物資や最先端と考えられた科学技術を取り込み、その政権の中で生かしていったことを「文化戦略」と位置付けています。
北野さんは文化財の保存・修復の専門家で、例えば鉄砲玉の素材の分析からその素材を海外に求めていたこと、城や御殿を飾る「漆」や「金」の調達・技術導入にも東南アジアなどとの交易が関わっていた研究成果が紹介されていきます。
もちろん、そういう海外との交易を可能にするのは天下人たちの軍事力・経済力(例えば交易のための港の確保や交易船の安全運航の確保など)で、文化戦略だけを切り離すことはできないわけですが、それにしても彼らが「文化」の力を理解していたからこそ、とは言えるのでしょう。
本郷さんも「天下人となった後、軍事力と政治力、法律だけで支配すると政権は緊張感に包まれ、不安定化をもたらす。文化がなければ社会はあらあらしくなり、価値観を共有できない」と書いています。
軍事力によって戦国時代を終わらせた天下人の役割は否定できませんし、文化だけで平和が維持できるというのはあまりに楽天的、ということは理解しますが、現代になぞらえても、「ソフトパワー(文化)」が「ハードパワー(軍事力、政治力)」の補完にとどまってしまうのは、ちょっと残念ですね。
本郷さんのこの著作については、後日さらに。