04-2934-5292

MENU

BLOG校長ブログ

2023.05.11

「三方ヶ原の戦い」その1

NHK大河ドラマ「どうする家康」は7日の放送で「三方ヶ原の戦い」が始まるところを描いていました。本郷和人さんの「天下人の軍事革新」(祥伝社新書)でこの「三方ヶ原の戦い」はどう描かれているか。なかなか興味深いのです。

武田信玄の軍勢が迫ってくるなか、家康は浜松城で籠城しようとします。ところが信玄は浜松城を素通りしていく。家康は屈辱を覚えて怒りにまかせて城から出撃した、といった見方があります。また、信玄と戦わなかったら、それまで家康に協力していた周辺の領主たちが「家康は頼りにならない」と離れていってしまうことを危惧し、戦いに挑んだ、などとも言われてきました。7日の放送でもだいたいそのように描かれていました。

これに対して本郷説はこうです。

金ヶ崎の戦いで織田信長軍の背後から浅井長政軍が突然襲い掛かった時、信長は防戦など考えずに一目散に逃げた(これも大河ドラマで描かれていました)。軍隊にとって、背後はそれだけ無防備で、そこを突かれることは大きなリスク、との前提で、背後を攻めるチャンスが生まれると、戦国武将の本能として動いてしまう、家康も信玄が浜松城を素通りして背中を見せた時、「これなら勝てる」「今こそ勝機」と城を出たのではないか、と自説を展開します。

そして「それこそ信玄の策でした。あえて背中を見せることで、家康を城の外へおびき出し、野戦に持ち込もうとした」と続けます。信玄も戦国武将ですから、戦国武将の本能は当然わかっていた。「三方ヶ原の戦い」の結果は14日の放送で詳しく触れられるでしょうが、歴史的事実なので「ネタばれ」にはなりません。家康は完敗します。信玄が一枚上手だったということですね。

本郷さんはこの著作に限らず、新書というスタイルの著作でも、日本史研究の多数派に対してどんどん自説をぶつけます。

例えば「長篠の戦い」。信長・家康連合軍が武田勝頼を破った合戦は信長・家康連合軍が圧倒的な数の鉄砲を使って武田の騎馬軍団を破ったといわれてきましたが、鉄砲隊を3グループに分けて入れ替わり休みなく撃ち続けたという説は最近では否定的な見方が多く、その鉄砲の数は実際どのくらいかだったについても意見が分かれています。

この戦いについて本郷さんは、織田・家康連合軍は馬防柵、空堀、土塁で陣地を築いた。攻撃側(武田側)からすれば城攻めをするようなもので、攻撃は困難を極める。この、平地を要塞化する「野戦築城」はその後、戦国大名の戦いの主流になっていく。「鉄砲という武器を有効活用するために行った野戦築城にこそ、信長の天才性がある」と評価します。

また、「現在、学会の主流は信長は特別な戦国大名ではないとの評価だが、私(本郷)は、信長が特別でなければ天下統一はない、と反論する」とも。そして信長の「特別」の一つとして、「信長は居城を次々に移した。武田信玄は躑躅(つづじ)ケ﨑館のまま。多くの戦国大名は領地を広げても本拠地は変えていない。それでは軍事面、特に兵站面から全国支配・戦力は難しいでしょう。私(本郷)が本気で全国統一を考えていた戦国大名は信長ただ一人だったと考える所以(ゆえん)」と続けます。

さて、大河ドラマでこの後、「長篠の戦い」はどう描かれるのか。岡田准一・信長はどう「特別」になっていくのか、あるいはならないのか?

本郷さんの著作から

たくさん読んでいて網羅できないので、ネット購入の履歴で追えるものを。いずれにしても、東京大教授ですが文章は大変読みやすいです。だからこそ新書等で大人気なのでしょうけど(研究書は別ですよ)。ブックレビューなどを読むと「軽い」と揶揄する向きもあるようですが。

<対談本がいくつか>
◆「日本史のミカタ」 (祥伝社新書)
国際日本文化研究センター所長の井上章一さんとの対談。井上さんの日本史ものがおもしろいし、学会の常識? に遠慮なく物言う方なので、この2人が揃えば……といったところ。

◆「戦国武将の精神分析」 (宝島社新書)
脳科学者の中野信子さんとの対談。 別の著作で本郷さんは、中野さんの話は大変勉強になった、と書いています。

◆「日本史の定説を疑う」 (宝島社新書)
作家で日本史についての著作も多い井沢元彦さんとの対談

<視点がユニーク>
◆「壬申の乱と関ヶ原の戦い――なぜ同じ場所で戦われたのか」 (祥伝社新書)
確かに同じ場所で時を隔てて大きな合戦があった。その着想がいいですね。

<読み比べ>
◆「承久の乱 日本史のターニングポイント」 (文春新書)
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」のタイミングで、ほぼ同時期に出版されたのが
◆「承久の乱 真の「武者の世」を告げる大乱」 (坂井孝一、中公新書)
鎌倉幕府に対する後鳥羽上皇の姿勢・考え方について二人の意見がかなり異なる点など、読み比べにはもってこい。

<歴史学者の本音を吐露?>
◆「歴史学者という病 」(講談社現代新書)
歴史研究者としての自分の歩みを振り返ります。上で紹介した著作とは毛色が異なります。学会の現状への懸念・反発や学校での日本史教育についても発言しています。

<新書だけでなく>
◆「信長「歴史的人間」とは何か」(トランスビュー 、2019年)
もちろん信長に関する著作はいくつかあるわけですが、単行本として1冊。