2023.05.18
「アメリカン・パイ」で英語歌詞に触れたので、英語の歌の続編を。本校は英語検定全員受検で、検定に備えた準備として英検週間(年2回)も設けています。今年度1学期の英検週間は中間考査が終わった翌週の5月29日から。
生徒のみなさんにお説教するわけではありませんが、「英語ができると音楽(洋楽)聴くのも一段と楽しくなりますよ」という話にします。私自身の現在の英語への向き合い方の一つとして、自戒をこめて。
「英詞を味わう 洋楽名曲クロニクル」(泉山真奈美、三省堂、2015年)
「ロックの英詞を読む」(ピーター・バラカン、集英社インターナショナル、2003年)
イギリスを代表するロックバンド The Rolling Stones(ローリング・ストーンズ)の代表作の一つで発表は1965年、タイトルは「Satisfaction」、日本語タイトルとしては「サティスファクション」とされます。そのままですね。「I can’t get no satisfaction」と繰り返し歌われます。
さて、洋楽の翻訳が1万曲を超えるという泉山さんの著書から引くと、ある大学教授が「この曲は『俺は満足できないことはない』と歌っている」と解説した……
「否定形+no(または他の否定語)」は否定の否定ではなく、否定の強調である、正しい英文に置き換えると「I can’t get any satisfaction」だが、「そこを二重否定を用いて否定の強調をしたところがストーンズらしい」と泉山さん。というのも、ストーンズが影響を受けたブルースやソウルミュージックなどでこの二重否定による否定の強調がよく出てくるのだそう。
この大学教授のエピソード、都市伝説のようにも思えますが、もしかしたら漢文に詳しい方だったのかもしれませんね。では自分はかつてどうたったかと振り返ると、否定の強調を知識として知っていたかおぼつかない。ただ、ストーンズは不良性で売っていたミュージシャンなので、「満足」するはずがない、「満足できない」が当然、と理解していました。 いや「can’t」が「can」に聞こえていたかも。いよいよヒアリングとして情けないですね。
問2 「spirit」に注意して以下を日本語に訳しなさい。
So I called up the Captain
“Please bring me my wine”
He said, “We haven’t had that spirit here since 1969”
アメリカを代表するロックバンド、Eagles(イーグルス)の代表曲の一つ「Hotel California」の歌詞の一部。こちらも曲の日本語タイトルは「ホテル・カリフォルニア」、そのまんま。
イギリス出身、ラジオ番組の案内役などで知られるピーター・バラカンさんはこの曲の解説の前段で「単純な「カリフォルニア賛歌」のように勘違いしている人もかなりいるようですが、歌詞の内容はまったく逆です。70年代カリフォルニアの、特に音楽業界や芸能界に象徴される退廃した世情に対する批判が込められている」。
泉山さんは「社会の行き場のない閉塞感を、ホテル・カリフォルニアという架空の建物に足を踏み入れた男を代弁者に仕立てて語らせた曲」と説明しています。「英語圏の人ですら一聴してすぐには意味を汲み取れない歌詞はかなり難解である」と泉山さんが書いてくれているので、1977年の発表時からずっと聞き続けていて,全容を把握しきれない私も安心するのですが、それでも、この「問2」の歌詞は初めからひどく印象に残っています。
歌詞全体でなくここだけ取り出して読めば、比較的わかりやすいですよね。そこでポイントは「spirit」(もちろんこんな親切な設問はないでしょうが)、バラカンさん、泉山さんの説明にある、この曲全体のとらえ方の中で「spirit」をどう訳すかということですね。「ダブル・ミーニング」という言葉をこの歌で覚えました。 ――主人公がワインを頼もうとすると、従業員(Captain)は素っ気なくこういうのだ。「1969年以来、当ホテルではそのようなspiritは扱っていません」と。ここを深読みするなら、もう「1969年当時のような精神はこの国には残っていません」。1969年という時代にアメリカの多くの若者たちが抱いていた熱い思いや、ヒッピー文化を築きあげんとして唱えたLove&Peaceの精神がすっかり冷え切ってしまっていたのだ。 ◆バラカンさんの解説
◆泉山さんの解説
――「wine」はアルコール、酒と考えてかまいません。その後のnineで韻を踏むためwineにしたのでしょう。spiritはそのwineを受けた「(蒸留)酒」の意味と、69年を最後に失われてしまったspirit、つまりヒッピーの「精神」のダブルミーニングです
蛇足ながら、辞書的にはspiritは精神、霊、気分などでの例文が多く、「アルコール度の高い酒」といった意味は後の方に出てきます。ただバラカンさんが指摘するように「wine」効いていますよね。「ワインはないのか」という要求に対して従業員がありませんというのは全く普通。ただwineがないとは言わない。「spirit」はないと。
そして「1969年からない」、1969年から禁酒法があったわけではないし、一般的にホテルにお酒がない、在庫がないというのは現実的ではない、1969年という年が重要、そこから「精神」という意味合いが出てくると解釈している。
一つの単語について一つの訳をあてるのが普通で、学校で習う英語(試験問題)は原則そうですよね。ところが一つの言葉に二つの意味を持たせる手法で、「比喩的表現、ダブル・ミーニングの巧みさなど、今あらためて聴いてみてもうならされます」とバラカンさん。
この2冊ですが、実は「アメリカン・パイ」について詳しく調べようとした時、久しぶりに手にとりました。残念ながらどちらにも取り上げられていませんでした。いずれもかなりの数の曲があげられ、私の知らない曲も多く、正直なところ、すべて読んでいません。今でも時々昔のロックを聴き、新しい発見があり、「そういえば」と参照する時に開きます。「辞書」のように使っている本です。
紹介した2冊のように英語の歌の歌詞を追うのではなく(もちろん翻訳が前提ですが)、外国の歌が日本に入ってきてどう歌われてきたか、それがどう原曲と異なっているのか、また、歌われた背景が隠れてしまっている例があることを教えてくれます。子牛が市場に連れていかれる「ドナドナ」、森山良子さんの歌で知られる「思い出のグリーングラス」など、ショッキング、驚きでした。あえて詳しく書きません。
本校の英検への取り組み、英検週間についてはこちらをどうぞ(昨年度の様子です)