2023.06.01
英検週間、英語学習のその先ということで、いっきに言語学にとんでしまうのもどうかとは思います。紹介する本の筆者も「語学」と「言語学」は異なるものと書いていますし。とはいえ、人と人をつなぐものとしての「言葉」についてはいつも考えていたい。言語学のさわり程度しか読んではいませんが、いずれも考えされられる本です。
「にぎやかな外国語の世界」(黒田龍之助、白水社、2009年)
黒田さんは大学の外国語学部を卒業、大学でロシア語を教えながら英語の先生もやり、「いろいろなことばを勉強してきた」。フランス語はラジオ講座を聴き、イタリア語はイタリア人の先生のもとに通ってレッスンを受けた。チェコ語、ポーランド語、スロヴェニア語やリトアニア語は現地に出かけて講習会に参加。ウクライナ語やベラルーシ語などは自分でせっせと勉強した、とふりかえっています。すごい!
こんなキャリアを知ってしまうと、英語だけでも四苦八苦している身にとって、えらく敷居の高い本のように思えてしまいますが、大丈夫です。「ずっと外国語が好き」という黒田さんが「かたち」「ひびき」「かず」「なまえ」などテーマごとに、言葉による違いをあげながら、「外国語を知ることは、世界の多様性を知ること、一つの外国語を熱心に勉強しなければならないこともあるけれど、いろんな世界を少しずつ覗くことだって、視野を広げるためにはとても大切です」と呼びかけています。
一方で黒田さんは、世界中で言語の数がどんどん減っていることに危機感を持ちます。「動植物の世界と同じように、言語の世界も多様なのです。それを理解するためには、なるべく多くの種類があったほうがいい」と言い、言語が消えていくのを食い止めるのは難しいが、せめて記録だけは残しておきたい、多くの言語学者がこんなふうに考えている、と書いています。
「フィールド言語学者、巣ごもる。」(吉岡乾、創元社、2021年)
そんな言語学者のおひとりとも言えそうなのが、大阪にある国立民族学博物館准教授の吉岡乾(よしおか・のぼる)さんでしょうか。ご本人に確認しないで決めつけてしまうのも失礼かとも思いますが。
吉岡さんは外国語大学卒、大学院修了の博士で前著「現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。」(創元社、2019年)発刊時の朝日新聞の筆者インタビューや著作の筆者紹介によると、調査対象はインド・パキスタン国境の山奥で話される七つの少数言語。専門とするブルシャスキー語は研究者が世界で5人いるかいないかのマイナー言語。研究する言語のうち六つは文字を持たない。現地に赴き、母語話者から単語や文例などを収集するところから研究が始まる。現地の人たちとのやりとりが綴られています。(この著作も読んでいるのですが、書棚から見つけ出すことができませんでした。整理します)
そのフィールド言語学者がコロナ禍で現地調査ができなくなり、家や研究室で「巣ごもり」せざるを得なくなった。「高尚さのかけらもなしに、言語学目線でそぞろに思った日々のアレコレを詰め込んだ一冊」(「まえがき」より)なので、言語学者の実際の仕事を知るには前著(「かく語りき」)がいいと思いますが、あらためて「巣ごもる。」の付箋を見かえしていて、新しい知見がありました。
「日本で話されている言葉はいくつ思い浮かびますか」という問い、世界の言語に関して総括的な情報を持っているデータベースによると、琉球・奄美の言語を日本語とは別の言語として11個に分けているそうです。「知らなかった……」。これらは琉球諸語とくくられるようですが、さらにマイナーな国内言語として「小笠原語」が紹介されています。「知らなかった……」
「そういうのって方言ではないの」という疑問の声があがりそうですよね。方言と言語の区別、言語の種類数え方が簡単ではないことは、この「巣ごもり。」でも黒田さんの著作でも触れられています。
上記、吉岡さんのインタビュー記事。朝日新聞書評のデジタル版。こちらから
大阪・関西方面に出かけるとつい、立ち寄ってしまいます。その膨大な展示資料は簡単に見て回れるものではなく、訪れるたびに新しい発見があります。エントランスだったでしょうか、所属の研究者たちの簡単なプロフィール、研究内容を紹介するパネルが掲示してあって、その幅広い研究分野、多彩さに驚かされます。吉岡さんの紹介もあったとは思うのですが。ホームページにももちろん研究者紹介はあります。「みんぱく」と呼ばれることが多い。刊行物は「月刊みんぱく」
ちなみに、千葉県佐倉市にあるのは「国立歴史民俗博物館」、こちらは「歴博」。
黒田さんの著作は他に「その他の外国語―役に立たない語学のはなし 」( 現代書館、2005年)「物語を忘れた外国語」(新潮社、2018年)など、多数あります。
AIに関する考察は勉強になるのですが紹介するのはなかなか大変。「AIにいくら言葉そのものの意味を教えても、それだけでは意図をきちんと推測するには不十分、曖昧な文から相手の意図を推測するとき、私たちが使うのは常識だったり、その場面や相手の文化に対する知識だったり、それまでの文脈だったりする」ので、AIはまだそこまで及んでいない、ということのようです。
「大丈夫か、この理解で」と心配になったところで、この本を紹介した朝日新聞デジタルに川添さんのインタビュー記事が載っていることを発見。実にわかりやすく説明してくれています。
その記事はこちら
朝日新聞デジタル版、助かります。