2023.06.02
先日の広島G7サミットやウクライナ・ゼレンスキー大統領来日のニュースを見ていても、英語に限らずいろいろな言語の同時通訳が、あたり前のように行われていますよね。英検週間を機会に、英語、外国語にさらに興味を持ってもらうためにいい本を紹介できないかあれこれ考えていたら、そう、同時通訳という仕事があった、と。
私の世代で同時通訳となるとアメリカの宇宙船アポロ11号の月着陸で知られるようになった西山千さんがすぐに思い浮かびます。西山さんの著作かあるいはほかの同時通訳の方か、何か読んだ記憶はあるのですが書棚から探しきれず、通販サイトで検索して購入してしまいました。本屋さん大事、と言っているので忸怩たる思いではあります(5月13日の当ブログ)
「同時通訳おもしろ話」(西山千・松本道弘、講談社+α新書、2004年)
西山千さんに、西山さんのお弟子さんでやはり同時通訳者としても活躍した松本道弘さんがインタビューする形でまとめられています。
アポロ11号は1969年7月20日、月面に着陸、ニール・アームストロング船長が人類として初めて月面に降り立ったのですが、月までの飛行中、アポロ宇宙船と地球(NASA=米航空宇宙局)との交信内容などがテレビニュースで刻々伝えられ、それを同時通訳したのが西山さんでした。月着陸に成功し、アームストロング船長が着陸船から降りて月面に降り立った直後に発せられとされているのが以下の言葉です。
That’s one small step for a man, one giant leap for mankind.
同書で西山さんは「彼(アームストロング)が That’s one small step for man.といっちゃった。不定冠詞の「a」をいわなかった。だから私が「人類にとって小さい一歩です」と通訳しちゃったんです」
聞き役である松本道弘さんが、アームストロングが「a」を言わなかったのか、音声が聴き取れなかったのかと尋ねたのに対し西山さんは「生放送で、 for manのあと何といったのか聞こえなかった。その後、アームストロングが One step for man. one giant leap for mankindと言っていたと(アメリカの)ヒューストンから伝わってきた。やはり不定冠詞ははいっていなかった」と答えています。
当時はmanと言えば人類を指した。いまはhumankindとか言うとのことで、その後のニュースでは「一人の男には小さな一歩、人類にとっては巨大な飛躍です」と通訳したとのこと。ただ、最初のテープも残っていて……と。
このほか、英語に訳しにくい日本語として例えば「すみません」、逆に英語を訳す時に日本語の助詞「が」と「は」を使い分ける必要があるのでは、などといった豊富な経験に裏打ちされた翻訳の世界のおもしろさ、難しさが語られます。
そんな西山さんは同時通訳について、バイリンガルだけではだめ、バイカルチャーでないとできない、と言い切ります。もちろん同時通訳者には高い能力が求められるでしょうが、外国語を使いこなす、外国人とコミュニケーションをとる、というレベルに限っても、バイリンガルでなくバイカルチャー、という考え方は大変示唆に富んでいます。
単純に単語を別の言葉の単語に置き換えるだけ、文法を理解して文として組み立てるというだけでなく、言語は文化そのものなのだから、言葉の土台でもある文化を理解したうえで単語や文を紡いていく、二つの言語をつないでいく、ということなのでしょう。
まったくその通りだとは思いますが、正直、ハードルは高いですよね。もちろん、私たちみなが通訳になるわけではありませんが、これからもいやおうなしに、違う言葉を持つ人たちと接する機会は増えていくでしょう。ひとつひとつの言語の向こうにはその言語を使う人たちの文化があるということを知り、自分たちと違う言語を使う人たちに敬意を表し、その文化を尊重するという姿勢は忘れずにいたいですね。
アポロ11号による月着陸についてのページ、タイトルは
50 Years Ago: One Small Step, One Giant Leap
men_land_on_the_moon
ふむふむ、複数ですね。ちゃんとアームストロングの言葉を引いています。
そして
Armstrong announced, “I’m going to step off the LM now.” And at 9:56 PM Houston time he did just that, firmly planting his left foot onto the lunar surface, proclaiming, “That’s one small step for a man, one giant leap for mankind.”
「 for a man」として歴史に残すということなのでしょう。(左足で月面を踏んだんですね)
言われてみればという記述もありました。
It should be noted that for everyone on Earth, the first Moon landing was purely an audio experience.
人類として初めてアームストロング船長が月に降りるのだから、その瞬間の映像が生中継で視られるはずがない。(撮影者が月面で待ち構えていなくれはなりませんものね)。アームストロングの「声」で地球の人々は人類が月に降り立ったことを知ったわけです。
以下、こんな説明もあります。
A 16-mm silent film camera mounted in the right hand (Aldrin’s) window recorded the event, but was not available for viewing until it was returned to Earth and developed.
はい、アナログ時代ですからね。
NASAの公式ホームページはこちらから
同時通訳は話しを聴きながらほぼ同時に通訳する形ですね。話し手は待ってくれない。アポロ宇宙船の例でいえば、宇宙船の乗組員と地球上NASAの管制官が英語でやりとりしている、それを聴いて日本語にしていくわけですが、当然ながら乗組員・管制官は通訳し終わるのを待っているわけではなく、次々と交信を重ねていきます。
逐次通訳というのは、話し手が一定の長さのところで、あるいは話の区切りのいいところで話を止め、通訳者が訳して話す。それが終わったら話し手が次の話を始める、という流れになります。もちろんこれでさしさわりはないわけですが、話し手と通訳者が同じ場所にいる必要がある(話し手が通訳者の訳・説明を聴いてなくてはらならない)などの制約もあり、また、テレビ放送などでこの形をとると、この場面の時間が何倍かになってしまうわけですね。(製作者側からみると避けたいですよね)
この逐次通訳の経験談です
2007年、前職でロシアの方たちに、新聞社がインターネットの普及にどうたちむかったいくのかという話をする機会がありました。日本語ですよ、はい。事前に先方についていた通訳の方に「原稿ください」と頼まれました。こちらは初めてのことなので「はっ?」。「こちらが話したことを都度、ロシア語に訳して話してくれるのではないの」と。
通訳の人が必ずしもインターネットに詳しいわけではなないでしょうし(確かめたわけではありませんが)、ましてや日本の新聞事情なんてご存じないでしょう。また、この手の話はいろいろなデータ数字が入ってくることは予想されるので、通訳からみれば先に原稿をもらって準備をしておく、というのは当たり前の作業ではありますよね。だた、そうなると、本番でこちらが原稿にないことをどんどんしゃべったら迷惑だろうな、なんて考えてもしまいますよね。