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BLOG校長ブログ

2023.06.10

長篠の戦い その3

これまで何度か紹介している磯田道史さんは「徳川家康 弱者の戦略」(文春新書、2023年)で「信長・家康軍の勝利のカギを握ったのは、馬などを防ぐ柵、そして弾薬の物量でした」とし、さらに「近年、また新たな長篠合戦像が提起されてきました」として紹介しているのが藤田達生さんの「戦国日本の軍事革命」(中公新書、2022年)です。

藤田さんは同書で、日本への鉄砲伝来以前の伝統的な勝利の条件は「高・大・速」だったとし、「高」は敵よりも高いところに陣を取ることが有利で、「大」は馬の大きさ、「速」は軍勢の移動速度をさす、と説明しています。その条件が長篠戦いで崩壊した、と評価しています。

磯田さんと同様に藤田さんも長篠の戦いに関する近年の研究の進展を紹介しています。その1例が、長篠の合戦の現場(古戦場)から見つかった、当時の鉄砲の玉についてです。鉛の玉が見つかるのですが、そもそも原料となる鉛を国内で十分に産出できなかった。見つかった鉛玉を科学的に分析すると、なんと、東南アジアのタイの鉛鉱山のものであることがわかったというのです。

当然、その鉛は輸入によって国内に入ってきます。その輸入ルートと考えられる貿易港・堺(大阪府)を支配していた信長が十分な量の鉛を確保するのに有利だったのは間違いありません。逆に言えば、だからこそ信長は早い段階から堺に目をつけた、とも言えるわけです。また、鉄砲に必ず必要な火薬の原料の硝石もほとんど輸入に頼っていたこともこの考え方を補強します。

作家の安部龍太郎さんは「家康はなぜ乱世の覇者となれたのか」(NHK出版、2022年)でこの鉛玉のことについて、こんな形でとりあげています。
「織田・徳川連合軍は三千挺もの鉄砲を使用したと言われています」と仮定すると九十万発の弾丸が飛び交ったはずだが、古戦場からは弾はあまり見つからない、合戦の後、かたづけをした地域住民が鉛の玉を集め、いったん溶かしてまだ弾丸に鋳なおされ、次の戦いに備えたのだろう、そのわけは、それ(鉛)が貴重だったから。鉄砲の需要が増えれば鉛の需要も増える」

同じ「鉛の玉がどこから来たのか」を説明するにしても歴史研究者の書きぶりとは異なる、やはり作家ですね。ひきこまれます。

「織田信長のマネー革命 経済戦争としての戦国時代」(武田知弘、ソフトバンク新書、2011年)では、武田信玄(勝頼の父)は戦国大名のなかでももっともはやく鉄砲に目をつけた人物とし、長篠の戦いのころには鉄砲の国産も始まり、輸入品も流通していたので、戦国大名は「鉄砲そのものは入手しやすくなっていた」としたうえで、しかし火薬の原料である硝石、さらには弾になる鉛は中国大陸、東南アジアから堺をはじめとする西日本の港に入ってくる、そこを抑えていたのが信長ら近畿、西日本の大名たち。東国・甲斐に拠点を置く武田軍には硝石や鉛がなかなか手にはいらなかったと結論づけています。

そんな信長といえども、硝石や鉛を輸入するわけですからお金が必要です。また、そもそも合戦をするのにもとんでもなくお金がかかるのは容易に想像できます。では、戦国大名がどう稼いでいたのか。

「戦国大名の経済学」(川戸貴史、講談社現代新書、2020年)では、戦国大名は領国内での農業生産(いわゆる年貢)だけではおぼつかない。ましてや「兵力を補強したい時には傭兵を多数雇い入れることもしばしばで、鉄炮を中心とする火器・弾薬に至っては、特別なルートによってのみ入手しうるものであった」ので、どの大名も苦労したことが紹介されています。

鉄砲一挺の価格を示す史料はないそうですが、いろいろな史料から現在の貨幣価値に換算して一挺50万円~60万円くらいとする研究が多いそうです。川戸さんは、長篠の戦いの信長が鉄砲を一〇〇〇挺用意したとすると、その費用は5億円~6億円としています。これは鉄砲だけの話しで、もちろん戦争にかかる費用はこれにとどまりませんね。

主役は信長?

ここまで大河ドラマ「どうする家康」から長篠の戦いについて書いてきましたが、長篠の戦いは「信長・家康連合軍」とされるものの、一般的には「織田対武田」と、とらえられているのではないでしょうか。確かに武田勝頼軍が領国に侵入してきて長篠城を救わなければならない徳川家康が、同盟していた織田信長に援軍を頼み、信長が駆けつけてきたわけですが、信長にとって武田はいずれ決着をつけなくてはならない相手であったし、その後の天下統一におおきなはずみとなる戦いであったのはまちがいないでしょう。

そこで改めて信長についての著作からも長篠の戦いの意味を探そうと何冊かひっぱり出してきたのですが、信長に関する本格的な評伝に始まり関連本は膨大で、また、信長の一生を振り返ってみても、どこに焦点をあてるか、何を切り口にするか考えだすと、私のような素人には簡単に手が出せそうにありません。

「どうする家康」でも岡田・信長は準主役ですよね。本能寺の変はもう少し先でしょうから、岡田・信長のキャラクター理解の参考になればと、何冊かあげてみます。

ドラマの時代考証にあたっている平山優さん、小和田哲男さんの著作を紹介してきたので、時代考証にあたっているもうお一方、柴裕之さんの「織田信長 戦国時代の「正義」を貫く」(平凡社、2020年)。尾張平定から上洛、天下統一への歩み、その政治構想など、比較的オーソドックスな構成です。

「信長 「歴史的人間」とは何か」(本郷和人、トランスビュー、2019年)。何度も登場していただいている本郷さんの著作、信長の一生を追うような形式でなく、信長と宗教、信長と土地、信長と軍事、などテーマごとにくくります。レベルを落とさずに読みやすく書かれているのはさすがと思わせますが、本郷さんらしく奔放に話題が広がっていくので、信長についてある程度基礎的なところを押さえたうえでの方がいいかもしれません。

鉄砲の鉛のところで名前の出てきた藤田達生さんの「信長革命 「安土幕府」の衝撃」(角川選書、2010年)。副題に「安土幕府」とあります。信長が安土城を拠点として行った諸施策から、織田の軍事政権・幕府であったという主張で、また尾張統一から勢力を広げていく時期を「環伊勢海政権」と命名するなど、斬新で刺激的に受け止められそうでもあります。

信長が主人公、あるいはそれに準ずる小説もこれまた膨大です。比較的新しいものとして、また今回のテーマに直接つながりそうな「信長、鉄砲で君臨する」(門井慶喜、祥伝社、2022年)。題名でもはやストーリーの説明はいらなそうですね。