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BLOG校長ブログ

2023.06.13

時代考証もたいへんのようで

「長篠の戦い」でなく「設楽原の戦い」でしたね。11日(日)放送のNHK大河ドラマ「どうする家康」のタイトルです。

9日のこのブログで小説集「「決戦! 設楽原」を紹介、『長篠の戦いは、前半戦が長篠城の攻防戦でその城の名前から「長篠の戦い」「長篠合戦」と呼ばれてきました。武田軍と織田・徳川連合軍が正面からぶつかった場所は城から西に3キロほど離れた丘陵地で設楽原という地名があり、それをとって「長篠・設楽原の戦い」などと呼ぶのが適当という意見もあるようです』と書いたのですが、「設楽原」としたことに制作側の「こだわり」があるのかと期待したのですが(予告編見てればタイトルはわかりますよね)、ドラマのなかでは信長が用意した鉄砲の数について「3000」と知らされて同盟している家康もびっくりしていましたし、「三段撃ち」は映像でそのようにも見えました。

余計なお世話ですがこのドラマの時代考証の研究者の顔ぶれからして、はて、とも思ったのです。

5月11日付のこのブログ「三方ヶ原の戦い」で紹介した「日本史のミカタ」 (井上章一・本郷和人、祥伝社新書、2018年)では、国際日本文化研究センター所長の井上さんと、これまでにも何回も紹介している本郷さんが縦横無尽に語り合うのですが、本郷さんが2012年のNHK大河ドラマ「平清盛」の時代考証を担当されたことを井上さんがとりあげます。

ドラマは京都(平安京)が舞台なのに平家の公達(きんだち、貴族の青少年)、摂関家、宮廷の女房たちがみな標準語を話している、一方で、海賊や山中の「追いはぎ」は関西弁をしゃべっている、井上さんは「これに憤りを感じる」とつっこみます。

本郷さんは「それは、私の発想ではありませんが、やめろとも言いませんでした。表現としてはありかなと思いました、制作担当者は関西弁のほうがおもしろいと思ったのではないでしょうか」と答える一方で「なぜ平氏一門も京都の貴族も関西弁をしゃべらないのか、おかしいではないかと批判された」と明かします。

これに対して井上さんは「そこは納得しているのです。今は東京時代だから、しかたがない。東京時代らしく、みんな標準語に、海賊も追いはぎも標準語にしてくれと言いたい」と返します。

井上さんは京都で生まれ育ち、京都大学で学び、現在の勤務先も京都所在。いかにもという指摘? です。

ここで本郷さんの「やめろとも言いませんでした」という答えに時代考証がどのような仕事・役割なのかが少しうかがえるのですが、時代考証をテーマとしている本「時代劇の「嘘」と「演出」」(安田清人、洋泉社、2017年)から「時代考証」の仕事を引いてみます。

まずシナリオのチェック、「歴史上の出来事や実在の人物の行動や考えなどが事実に反していないかどうかを洗い出し、さらにはセリフや所作、あるいはナレーションにいたるまで、時代にそぐわない表現があれば訂正する」

そして撮影に入ってから、現場からあがってくる疑問や質問に答えるのも考証の仕事、とまとめられています。

本のタイトルに「時代劇」とあるので、大河ドラマは時代劇ではない、「〇〇将軍」とか「水戸〇〇」とかといっしょにしないでくれとNHKの方から叱られそうですが、この本では「時代考証が支えるNHK大河ドラマ」という1章をもうけていて、「大河ドラマにおける時代考証とは、歴史を映像表現として成立させるための「お墨付き」を与える作業と言えるだろう」としています。

その大河ドラマの章で、過去の大河ドラマと時代考証についてのエピソードがいくつか紹介されています。そのひとつ。

戦国時代・近世史の著名な研究者が戦国時代を舞台にした大河ドラマで時代考証にあたった時に、城が炎上するシーンがあったので、最近の研究では城は燃えていないと要請。番組スタッフは城が燃えていないと落城と一目でわからないから少し火をつけさせてほしいと言い、結局、放送では見事に大炎上していた、とのこと。この研究者は研究者仲間から「城は焼けていないのに、そんなことも知らないのか」と言われた、そんな後日談も書かれています。(本にはこの研究者のお名前、ドラマ名も書いてあるのですが出典が不明なのであえて書きません)

この『時代劇の「嘘」と「演出」』でも取り上げられているのが「時代考証学会」です。

学会つくりを提唱したのは、大河ドラマだけでも「新選組」「篤姫」「龍馬伝」「西郷ドン」などの時代考証を担当してきた大石学さん。時代劇などの「歴史作品」と歴史学などの「諸学問」が、時代考証という窓口を通じてかかわる場をつくりたい、その基礎となる「時代考証学」という新しい学問ジャンルを確立したい、というのが学会設立の目的だそうです。
そして「諸学問」とあるように、歴史学にととまらず、建築史、風俗史、食物史などの研究者、さらには時代劇をつくるテレビや映画の制作者も加わっているようです。

「戦国時代劇メディアの見方・つくり方」(大石学・時代考証学会編、勉誠出版、2021年)は同学会の研究成果をまとめたもので、学会員の論文、学会シンポジウムの記録などからなります。特徴的でなるほどと思わせるのは、テレビドラマや映画にとどまらず、歴史的人物をとりあげる、あるいは過去を舞台に描かれる漫画やアニメ、さらにはゲームまでを対象にしている点です。

フィクションなら「考証」なんていらないのではないかという意見も当然あるでしょうが、学会編の同著作では「さまざまなメディア媒体を通じて社会に発信される「歴史作品」を「時代劇メディア」ととらえている」とし、「当会(学会)は時代劇メディアにおける間違いなどのあら捜しをし、論評するための場では決してない」と説明しています。
時代考証について「ある時代がどんな時代だったか、より正確な叙述とするという点において、可能な限り深く関わるべきだと考えている」という姿勢を持っていたい、ということのようです。

「時代考証学会」の公式ホームページはこちらから

井上章一さんについては国際日本文化研究センターの研究者紹介を。こちら