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BLOG校長ブログ

2023.08.02

プリコジンの「乱」本能寺の「変」

ウクライナに侵攻しているロシアの民間軍事会社ワグネルの創始者、プリゴジン氏がロシア・プーチン政権に対して反乱を起こした事件がテレビ報道などで「プリゴジンの乱」などと呼ばれているのがずっと気になっています。日本史では「乱」とか「変」とかおなじみですが、そもそも外国での出来事だし、誰が命名した?

おりしも、これまでしつこく取り上げているNHKの大河ドラマ「どうする家康」は織田信長が明智光秀に討たれる「本能寺の変」が終わり、その時大阪・堺に滞在していた家康が少人数の部下とともに領国・三河に逃げ帰る必至の逃避行、いわゆる「神君伊賀越え」が30日放送の中心でした。

日本史ではこの「本能寺の変」という名称は当然のごとくに使われ、「本能寺の乱」とか「本能寺の戦い」とか言われません。では「乱」と「変」、その違いは、ということが気になりだすとスルーできない性格。というわけでずばり

『乱と変の日本史』(本郷和人、祥伝社新書、2019年)

これまで何度も紹介してきた本郷さんの著作、何やら困った時の本郷さん、かしら。

本郷さんは日本の歴史のなかで起きたさまざまな戦争・戦いの名称について

「乱(例・承久の乱)」
「変(例・本能寺の変)」
「役(例・前九年の役)」
「戦い(例・長篠の戦い)」
「合戦(例・宝治合戦)」「陣(例・大阪の陣)」
「騒動(例・霜月騒動)」

などをあげています。(宝治合戦、霜月騒動はいずれも本郷さんのご専門、鎌倉時代の出来事でちょっとなじみがないかもしれません)

この本で初めて知ったのですが、1221年(承久3年)に後鳥羽上皇が鎌倉幕府を倒そうとして敗北した「承久の乱」は戦前は「承久の変」と呼ばれていたのだそうです。武士(鎌倉方)が朝廷に勝ったこと(上皇が流罪となった)を国民に広く知らせる必要はないという歴史観のもと、大した戦いではなかったという意味で「変」を使い、学校ではあまり教えなかったとも説明しています。

この例をあげて本郷さんは「国全体を揺るがすような大きな戦いを「乱」、影響が限定的で規模の小さな戦いを「変」ととらえていいのではないか、非常に大きな歴史変動を引き起こす事案が「乱」、それほどでもないのが「変」、単発の戦いではなく数か月から数年かけて起きたひと続きの戦いであれば「乱」ととらえていいかもしません」と書いています。

としつつも、「実は、何をもって「乱」「変」「陣」「役」「合戦」と言うか歴史学上の定義はない、学問的には決まったルールはない」「学術的に分類していくべきだが、学界ではそういう取り組みがなされてきていない」とし、「私(本郷さん)の感覚では、戦争がもっとも規模が大きく、次いで「役」「乱」「変」「戦い」と規模が小さくなっていくように思います」と結んでいます。

辞書的には(三省堂国語辞典第八版)

「乱」 戦争。騒動。内乱。「応仁の乱」
「変」 事変。事件。「桜田門外の変」
「役」 昔の、大きな戦い。「西南の役(=西南戦争)」

などとあり、説明はないものの「乱」の方が「変」より戦いの規模が大きいようには読み取れますね。

少なくとも、その戦い・争いを起こした当事者が「これは〇〇の乱だ」「これは〇〇の変だ」と自称、あるいは公言し、記録に残したということは日本史の中ではあまりないでしょう。その戦い・争いを後日、記録者あるいは研究者、歴史家が「〇〇の乱」とか「〇〇の変」とか呼び、場合によってはいろいろな呼び方が並び、例えば教科書に使われることなどによって、呼び方として残るべきものが残った、ということなのでしょう。なので「承久の変」が「承久の乱」に代わることもありうるわけです。

さてそうなるとプリゴジンの乱、確かにこのように名付けるともっともらしく聞こえますが、プリゴジンの反乱でなぜだめなのか。本郷さんが書いている、単発の戦いではなく数か月から数年かけておきたら「乱」という見方をあてはめると、今のところプリゴジン陣営の軍事行動はあっというまに終わってしまっています(モスクワに向かったいう武装勢力はすぐに引き返しました)。このプリゴジン氏の動きが非常に大きな歴史変動を引き起こす事案なのかも現時点では見通せません。もしかしたら「プリゴジンの変」くらいかも。

7月30日の毎日新聞朝刊では「ワグネル」の反乱、と書いています。プリコジン氏がワグネルのリーダーであることは間違いないわけですが、今回の反乱がプリコジン氏一人の強い意志なのか、組織としてのワグネルがどう関わっているのかによって、「反乱」のとらえ方が変わってきますね。

いずれにしても、これ、外国のメディアの命名ではないでしょう。国内で誰かが最初に言い出したのでしょう。どこかのメディアか。メディアが言い出し使いだして定着するネーミングもあれば、消えていくものもあります。さあ、この「プリゴジンの乱」とうい名称が生き残るかどうか、そちらも注目です。