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BLOG校長ブログ

2023.10.14

いままた松本清張 その③

『天保図録』で改めて松本清張の作品を楽しみました。そうなると、かつて訪問した松本清張記念館を再訪したくなりますし(北九州市なのでちょっと遠いですが)、作家・松本清張について改めて知りなくなります。松本清張に関する著作をいくつか書棚からひっぱり出しました。

『松本清張の残像』 (藤井康栄、文春新書、2002年)

松本清張の代表作の一つ『昭和史発掘』の資料集めなどで、約30年にわたり松本清張を担当した文藝春秋社の女性編集者が振り返ります。松本清張全集66巻の編集も藤井さんが携わったそうです。藤井さんは後に、松本清張記念館の館長を務めます。

藤井さんはこんなふうに書いています。
「松本清張くらい自分の原稿について感想を求めた作家はいないのではないか。第一読者である担当編集者はみんなこれで苦労したと思う。(略)この作家の難しいところは、ほめればいいという態度は絶対に通用しないことだ。どこをどう読んでいるかのポイントが勝負なのである」

『誰も見ていない 書斎の松本清張』の櫻井秀勲さんも同様です。原稿を渡されると、その場で読むようにいわれ、必ず感想を求められたそうです。

「連載小説であれば、一回一回、書斎か応接間で頂いたばかりの原稿を読んで、感想をいわなくてはならないからだ。(略)頂いた原稿は社に戻ってじっくり読んでから、電話や手紙で感想をいうのが、いわば作家と編集者のあいだの暗黙のルール、黙契となっていたからだ。また作家もそのほうが気が楽だった。目の前で読まれると、どんな大作家でも緊張するからだ」

作家と編集者の関係とは異なるところはあるにしても、新聞記者も社外の方から原稿をいただいたり、社外の方に原稿を渡すことがあるので、何となくわかります。

藤井さんは記念館作りの計画段階から請われて関わります。記念館の設計にあたる建築事務所の人や展示を担当する人らに誘われて、記念館作りの参考に、山口県・津和野にある森鴎外記念館に出かけてそうです。なるほど、鴎外記念館も訪れたことがあり、感慨深く読みました。いやいや余談でした。

さて、松本清張の仕事ぶりを櫻井さんがこんなふうに書いています。

「松本清張は、旅だけでなく現場取材も丹念だったし、電話取材も巧みだった。これらの取材力を駆使して、短い一編を書く場合でも、惜しみなく時間、労力、資料を注ぎ込んだのである」

先だって紹介した『森浩一の古代史・考古学』(9月4日久しぶりの「邪馬台国」その③、同5日その④)に森浩一さん(元同志社大学教授)の「交遊録」の項があり、松本清張もとりあげられています。以下。

「清張さんが『芸術新潮』七一年一月号から連載「遊史疑考」を始めた後、森さんは自宅で電話を受けた。「松本清張です」と名乗り、前方後円墳や三画縁神獣鏡について細かな質問を始めた。三十分ほど続き、肘が痛くなったという」

もちろんインターネットやメールのない時代です。

『松本清張生誕110年記念 文春ムック みうらじゅんの松本清張ファンブック「清張地獄八景」』(文藝春秋、 ムック版、2019年)

松本清張の大ファンというみうらじゅんさんがこれまで松本清張について書いてきた文章や対談記事などがまとめられているほか、清張原作のテレビドラマに出演している俳優へのインタビュー、後に続く推理小説家らが語る松本作品などを掲載しています。

みうらじゅんさんということで「えっ、なんで」と思ってしまう人もいるかもしれませんが、いたって「まじめ」、“清張愛”にあふれています。松本清張の書斎での様子をとらえた有名なポーズ写真をみうらさんが真似した写真などもあり、これらはまあ、みうらさん流のサービス精神ですかね。

結構読まれた(売れた)のでしょうか、2021年には文春文庫(『清張地獄八景』)にもなっているようです。