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BLOG校長ブログ

2023.10.06

ノーベル賞--余聞 (4) 利根川進さん①

ノーベル賞昔話で、かつての仲間の話になってしまいましたが、私自身がノーベル賞取材に「かすった」のは1987年、京都支局在籍時の利根川進さんの生理学・医学賞受賞です。日本人の生理学・医学賞受賞はこれが初めてでした。

ちなみにこの時のこの賞の受賞者は利根川さん一人でした。各賞とも人数枠3名で選ばれるケースが圧倒的に多い。どの研究分野でも多数の研究者が「競争」しており、その中から3人が選ばれているわけです。ところが利根川さんは単独受賞、その研究分野がそもそも独創的で、加えて他の追従を許さない成果をあげた、ということでもあります。

利根川さんは京都大卒業ということで、支局内は色めき立ったのですが、受賞時はアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)教授でいらした。なので、京都で受賞時に「直接」取材をしたわけではなく(なので「かすった」のです)、後日、利根川さんが大学の同窓生の集まりで帰国し、そこで取材する機会がありました。

利根川さんの受賞で日本人のノーベル賞自然科学分野での受賞者は計5人に、うち第1号の湯川秀樹、続く朝永振一郎、福井謙一、そしてこの利根川さんの4人が京都大学の出身、残る1人の江崎玲於奈さんが東京大出身でした。

東京大に対して対抗意識の強い京都大関係者のみならず関西の人たちには「京都大学の自由な学風が独創的な研究を生み、それがノーベル賞受賞に結び付いている」みたいな思いがあり、それを当事者の口(つまり利根川さん)から言わせたいといった雰囲気がありました。取材する私にとって「尋ねないわけにはいかない」プレッシャーにもなったわけです。

ところが利根川さん、笑いながら「たかだが数人のことでどこが多いとか、全然科学的じゃないよ」と一蹴。記憶があいまいなのですが、「京都大すごいと言わせたいんだろう」とこちらの狙いはお見通しとばかりに、ざっくばらんに返答してきたような気もします。

つまり5人しか母数がないうちの4人が(京都大として)一致したところで、統計学の考え方からすると多いとはいえない、母数がもっと多くないとということですね。
世界トップクラスの科学者に科学的じゃないと言われては、これはもう「恐れ入りました」しかありませんよね。

利根川さんの研究、その意義についてはこの本をあげたい。というのも、インタビュアーが立花隆さんだからです。

『精神と物質』(立花隆・利根川進、文藝春秋、1990年)

利根川さんの受賞後、立花さんが取材をして月刊の文藝春秋に連載したものをまとめています。

利根川さんは京都大理学部の時に、急速に研究が進んでいた分子生物学に興味を持ち、その分野の研究をしたいと考えたのですが、国内では十分な研究体制を持つところが限られていた。結局、京都大学の研究所に入ったものの、恩師の勧めでアメリカに留学します。

利根川さんは言こんなふうに言っています。

「周囲を見れば、分子生物学をやっている人はみんなアメリカで勉強してきた人たちばかりでしょう。自分も本格的に分子生物学をやるためには、絶対アメリカに行かなきゃだめだと思っていました」

留学先のアメリカ、さらにはヨーロッパと、よりよい研究環境を求め学校や研究所を移り続けて研究を続けた利根川さんにとって、大学学部の4年間が自身の研究にどれだけの影響を与えたのか、大胆にいってしまえば、「京都を、日本を飛び出した、京都大学の学風が影響したところなどない」と考えていたのではないか、ただそう言ってしまうと身もふたもないので、「科学的じゃない」というちょっと茶化したような答えで「かわした」のではないかと、思い返しています。