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BLOG校長ブログ

2023.10.07

ノーベル賞--余聞 (5) 利根川進さん②

ノーベル賞ばなしの本筋から少し離れてしまいますが、『精神と物質』(立花隆・利根川進、文藝春秋、1990年)の中で、利根川さんへのインタビューについて立花さんはこう書いています。


「分子生物学や免疫学の参考書を山ほど買いこんで、予備知識をたくわえた上で、ボストンに利根川さんをたずね、延べ二十時間にわたるインタビューをして戻ってきた」
「利根川さんのところには、ノーベル賞受賞後、日本のジャーナリズムがわっと押しかけ、いまもインタビューの申し込みが山のようにある。しかし、どのインタビューも、同じような初歩的な質問と応答で終わっている」

立花さんが2021年に亡くなった後の追悼記事で文藝春秋の方だったと記憶しているのですが、この取材のことを振り返っていて、利根川さんは当初、また日本からの取材、「初歩的な質問」に答えるのかといった姿勢だった、ところが立花さんが次々と突っ込んだ質問をしてくるので、利根川さんも熱が入り、長時間のインタビューになったそうです。

そんな背景もあったのでしょう、インタビューの終わりのところでは、生物とは何か、科学はどこまで万能か、唯物論か唯心論かといったかなり哲学的な問いについての、緊張感のあるやりとりも収められています。

例えば

利根川「要するに、生物は非常に複雑な機械にすぎないと思いますね」
立花「そうすると、人間の精神現象なんかも含めて、生命現象はすべて物質レベルで説明がつけられるということになりますか」
利根川「そう思いますね。もちろんいまはできないけど、いずれできるようになると思いますよ」

さらに
利根川「ぼくは脳の中で起こっている現象を自然科学の方法論で研究することによって、人間の行動や精神活動を説明するのに有効な法則を導き出すことができると確信しています」

立花「人文科学というのは、だいたいが現象そのものに興味を持っているんであって、必ずしも、その原理的探究に関心があるわけじゃないですからね」
利根川「ぼくはね、いずああいう学問はみんな、結局は脳の研究に向かうと思います。逆にいうと、脳の生物学が進んで認識、思考、記憶、行動、性格形成の原理が科学的にわかってくれば、ああいう学問の内容は大いに変わると思います。それがどうなっているかよくわからないから、現象を現象のまま扱う学問が発達してきたんです」

立花「そうすると、いわゆる超越的なものには、ぜんぜん関心がない」
利根川「関心はありますが、非常に強い疑心を持って対処します。神のようなものが存在するとは思っていない」

ここまで踏み込んだ質問をするのかと驚き、かつ感心しますが、立花さんの関心はやはりこのあたりあったのでしょう。本のタイトルが『精神と物質』であり、副題として「分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか」とあるのですから。

ここでの発言の通り、利根川さんはノーベル賞受賞後、その受賞理由となった研究とはかなり異なる分野である「脳」の研究を主としていきます。

手元の本の書き込みをみると最初に読んだのが1990年8月なので発行直後、2021年8月にも再読しています。同年4月に立花さんは亡くなったのですが、その時に読み直した形ですかね。

田中角栄元総理の金脈追及やロッキード事件・裁判取材などでジャーナリストとして高い評価を得た立花さんですが、科学分野の取材でも『宇宙からの帰還』(1983年)『脳死』(1986年)『サル学の現在』(1991年)など素晴らしい仕事を残しています。この『精神と物質』もまちがいなく代表作の一つだと思います。

『精神と物質』は文春文庫にも入っていて、こちらの方が入手しやすそうです。利根川さんへのインタビュー形式なのですが、利根川さんの研究生活そのものが分子生物学が大きく進展する時期に重なり、利根川さんの研究がどまん中でその進展に貢献しているので、すこし古くはありますが、分子生物学のいい入門書になっていると思います。