2023.10.19
『足利将軍たちの戦国乱世』で筆者の山田康弘さんは15代続いた足利将軍について、その「しぶとさ」はどこから来るのかといった表現をし、「将軍には権力はなかったが、権威はあったからだ」といった類の説明ですませてしまうのではなく、いわば「メカニズム」のレベルまで掘りさげて解き明かしていく必要がある」とし、足利将軍とは何なのか、その謎の解明が「現在の戦国期将軍研究における目標の一つ」と位置付けています。
「将軍を存続せしめた最大の要因は、なんといっても各地の大名たちが将軍を支え続けたことである」
として、管領などとして幕府を支える諸氏・大名たちが栄典(爵位や朝廷の官職)を得るのに将軍の力が必要なことや、戦いを止める、避ける時に将軍の仲介を理由にすると面子が保てることなどをあげます。このあたりは、そんなに新しい見方ではなかったのですが、将軍のもとに諸国の情報が集まり、それを得るメリットがあるという指摘は、なるほどと思いました。地方の諸氏・大名にとって、列島各地の情報はなかなか手にはいらないでしょうから。
山田さんはさらに戦国時代をどうとらえるかという点から、将軍像そのものを見直します。
かつては、戦国大名がみな天下を目指して戦争をし続けるように考えられがちでした。今川義元も京都を目指して動き、桶狭間で織田信長とぶつかり敗れた、上杉謙信もいよいよ上洛という時に病に倒れたなどなど、小説やゲームの舞台としてはみなが天下を争うほうが盛り上がるでしょうから、そこから戦国時代像がつくられがちでした。
しかし最近の研究では戦国大名は実は領国経営に熱心で、つまり自分の領土をきちんと守り、年貢などをきちんと取って安定的に領国を治める、戦争には大変な費用がかかるから、できれば隣国と戦争はしたくないというのが本音だった、という見方が主流です。
山田さんは
「「戦国」という名称とは裏腹に、大規模な戦争が日常的に継起することはなく、意外に平和だった」
という書き方をしています。
そうなると、各大名が隣国の他の大名と戦争をしないで済むにはどうしたらいいか、もちろんお互いが普段から理解しあえばいいわけで、いわば大名同士の「外交」が必要になってくる。外交をスムーズに行うには関係国以外の第三者がいると、問題が起きた時にも仲介を頼める、足利将軍はそんな第三者的なポジションを期待され、その役割を果たしてきたので生きながらえたのではないか、このように論を進めます。
そして山田さんは多くの国々が共存する現代の世界になぞらえます。
「今日の世界には国連をはじめさまざまな国際機関が存在している。こうした国際機関は各国によって国際問題を処理する際に利用され、一定の役割を果たしている」
と評価してうえで
「将軍はこうした国際機関の在り方と類似している」
「将軍もまた<国>ではなく、各大名たちがたがいに外交をしたり戦争をしあったりする<天下>の次元のほうを主たる活動領域にしていた、ということである」
と結論づけます。
このように現代社会と比べての説明、けっこう斬新ですよね。そこから、信長、豊臣秀吉の出現で幕府、将軍がいらなくなった理由も説明できるというわけです。なるほど。