04-2934-5292

MENU

BLOG校長ブログ

2023.10.20

足利将軍も15人いた ③

山田康弘さんは『足利将軍たちの戦国乱世』の中で、戦国期日本列島社会の「天下」について「闘争・分裂」「協調・まとまり」「世論・規範の縛り」の三つの側面があったと述べています。この考え方をとるにあたって「現代の国際社会についても、このような力と利益、価値という三つの側面があると指摘されている」として、以下のような文献から引用します。

「各国家は力の体系であり、利益の体系であり、そして価値の体系である。したがって、国家間の関係はこの三つのレベルで関係がからみあった複雑な関係である」(高坂正堯『国際政治』)

いやいや、日本中世史の本のここで高坂さんの名前を目にするとは思いもよらなかったです。

高坂さんについて私は学生時代、政権に近い学者との印象を持っていて、食わず嫌いのところがありました。近年、筆者の服部さんはしっかりとした著作を残している方ということもあって、以下を読みました。

『高坂正堯--戦後日本と現実主義』 (服部龍二、中公新書、2018年)

高坂さんが京都大学の教授だった時に一度お会いしてお話をうかがったことがあります。すでに高名な学者でしたが、京都言葉で気さくに話をしていただいたことを覚えています。そこでかつての印象は少し変わったのですが(単純ですね)、服部さんの著作は高坂さんの仕事をわかりやすくまとめていて、さらに印象が変わりました。

さらに、おもいっきり脱線します

山田さんは「あとがき」で歴史に学ぶ意味をこんなふうに書いています。

「歴史学は、過去の事実をただ明らかにするだけ、という学問ではない。過去の事実を解明することは、歴史学の手段であって目的ではない。では、目的はなにか。それは過去を知り、そしてこの過去を使って現代をより深く知る、ということである。」
そして
「歴史とは・・・現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話なのであります。ーーE・H・カー」
と締めくくります。
「おお、カーですか」という感じです。

『歴史とは何か』(E.H.カー、清水幾太郎訳、岩波新書、1962年)
『歴史とは何か 新版』(E.H.カー、近藤和彦訳、岩波書店、2022年)

この『歴史とは何か』は私たちの世代の学生時代、歴史を学ぶ際の「必読書」とされていた著作です。昨年新版が発刊され、話題になり、読みました。旧版も読んだと思うのですが書棚で見つからず、改めて購入しました。2022年発行が第95刷、ロングセラーですね。
原著はカーがイギリス、ケンブリッジ大学で行った講演記録をもとにしているので、どちらの版も「ですます調」で訳されています。

新版を訳した近藤さんへのインタビュー記事が朝日新聞デジタル版に載っています。
近藤さんはイギリス近世史、近代史の専門家で、カーがいたケンブリッジ大学に留学し、英国の知的世界を体感した、といいます。その経験から「向こうの学者には絶えず冗談や皮肉を言い合っているような雰囲気があり、隠れたニュアンスもある」と前置きしたうえで、そのカーの講演は「密度が高く舌鋒(ぜっぽう)鋭い発言、ときにウィットのきいた冗談や皮肉で聴衆を笑わせながら回を重ねた。毎回最後は決めぜりふで締めくくっている」。
新たに訳すにあたっては「カーの口ぶりを伝えようと(笑)という表現も各所に織り交ぜた」と話しています。

さてこの著作で必ずといっていいほど引用されるのが、山田さんも「あとがき」で引用しているところです。もっとざっくりと「歴史は現在と過去のあいだの対話である」と紹介されることがあるのですが、清水訳と近藤訳を比較してみます。

清水訳
そこで、「歴史とは何か」に対する私の最初のお答えを申し上げることにいたしましょう。歴史とは歴史家と事実の間の相互作用の不断の過程であり、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話なのであります。

近藤訳
したがって、ここまでのところ、「歴史とは何か」という問いにたいするわたしの最初の答えは、こうなります。歴史とは、歴史家とその事実の間の相互作用の絶えまないプロセスであり、現在と過去の間の終わりのない対話なのです。 

いかがでしょうか。山田さんは清水訳で引用しているようです。

「不断の過程」と「絶え間ないプロセス」、「尽きることを知らぬ対話」と「終わりのない対話」、清水訳より近藤訳のほうが話し言葉というか、耳から入るならこちら、という気もしますし、昭和を代表する哲学者、社会学者の一人である清水幾多郎の岩波新書なら、この訳だろうなと納得もします。

ちなみに原著は以下のようだそうです。(現物にあたっていません、孫引きです)

My first answer therefore to the question‘What is history?’is that it is a continuous process of interaction between the historian and his facts,an unending dialogue between the present and the past. 

筆者の山田さんは足利将軍、特に戦国時代の足利将軍についての研究を専門としている方のようで、これまでの著書をみると一般向けといえるのはこの新書が初めてといっていいようです。

それだけに力が入ったのか、高坂さんが出てきたり、あとがきでE.H.カーを引用しているのかと想像すると、微笑ましい。まだお若い方なので、あえてこのような生意気な感想でしめくくります。今後の仕事、著作が楽しみな研究者にまた一人、出会えました。