2023.10.30
ヒトが生きていくために「塩(塩分)」は欠かせないことは言うまでもありません。しかし中国のような内陸に領土が広がる国では、沿岸部で手に入る塩を内陸の奥まで運ばなければ、広い領土でたくさんの人が暮らすことはできません。その塩を運び売る商人は裕福になるでしょう、そうなると王朝はそこから税金を取ることを目論むことになっていく。つまり「塩」がお金を生み、国の財政に深くかかわっていくわけです。
税金をとるためには、その販売を管理下に置かなければならない、それが「専売制」となる、一方で塩の売買はもうかるので、管理下外で塩の売買に手を出す密売も横行する、といった具合、この密売組織が秘密結社となって王朝に歯向かい、ある時には王朝を倒してしまう。
『中国塩政史の研究』(佐伯富)からひきます。
「塩の専売が施行され、清朝が滅亡するまで一、一五五年に亘って塩の専売が実施された。塩の専売制が継続して実施された時代が、中国では独裁政治の時代であった。世界の歴史において、これほど長く塩の専売が継続して実施されたことは、他に類例がない。これが中国社会に諸種の影響を与え、特殊な性格を附与したのである」
「宋代以後、近世中国社会では反乱の多いことが一つの大きな特色である。それは多くは塩の密売に従事する秘密結社の蠢動によるものであった。近世中国社会において、王朝の創立者に秘密結社の統領が多かったことは、これを示している」
「独裁君主は塩の専売収入を財政の一つの支柱としたが、秘密結社の塩利収入も政府の全歳入の約四分の一に当たると推定される」
「中国社会とくに近世中国社会の性格を究めようとすれば、塩政の研究が重要な手掛かりを提供する。ここに塩政研究の重要性が存する」
どうでしょう、先に紹介した著作で、中国の歴史を通観する上でのキーワードの一つが「遊牧民」という指摘がありましたが、この「塩政」「塩」も重要なキーワードではないでしょうか。
この佐伯さんの先生が京都大学の中国史、アジア史(京都大学では東洋史という言い方ですが)を代表する研究者である宮崎市定さん(1901~1995)です。『中国塩政史の研究』でも宮崎さんからの学びに感謝する記述があり、その論文・著書があちこちで引用されています。
宮崎さんのよく知られた著書に『科挙 中国の試験地獄』 (中公新書、1963年)があります。中国独自の役人選抜の仕組みを丁寧にわかりやすく説明したベストセラーで、かつての世界史の授業では必読書のように薦められた本ではないでしょうか(今も薦められているとしたらすいません)。
そうそう、いまふと気づいたのですが、この「科挙」つまり「官僚制」も中国史を通観するうえでのキーワードの一つと言えるかもしれません。
その宮崎さんの幅広い中国史研究の中でやはり「塩政」についてもたびたび言及しているようです。
また宮崎さんは独自の時代区分論を展開し、定説というか従来の時代区分論の学者との論争を展開したことでも知られています。このブログでもたびたび紹介している井上章一さんが『日本に古代はあったのか』(角川選書、2008年)でその論争に言及していたことも思い出しました。
そこで宮崎さんの著作に思いが広がります。著書をさがしたら『中国史』(岩波文庫、上下巻)がそのあたりをわかりやすく書いているようです。井上さんも『日本に古代はあったのか』の中で、宮崎さんの本で最初に読んだのはやはりこの『中国史』だったと書いています。20歳代のなかばごろだったとか。
文庫ですし、すこしめくってみるか、とついこちらも購入してしまいました。また「積読」が増えそうです。