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BLOG校長ブログ

2023.10.23

忘れていました はまる警察・推理小説作家 ①

警察・推理小説、ミステリに関して、国内作品で作家にこだわって読んでいるシリーズを以前紹介しました(9月20日「この夏の「一気よみ」その④」)。大沢在昌さんの「新宿鮫シリーズ」、今野敏さんの「隠蔽捜査シリーズ」をはじめとする警察捜査もの。深町秋生さんの型破りな捜査官・八神瑛子を主人公とする作品群などです。さらにさかのぼって5月16日には亡くなったハードボイルド作家、原寮さんについて書きました。この時には逢坂剛さん、東直己さんの名前をあげています

逢坂さんは探偵・岡坂神策のシリーズのみならず不気味な犯人と公安警察との闘いを描く「百舌シリーズ」、悪徳警官の「禿鷹シリーズ」、刑事迷コンビがドタバタを繰り広げる「御茶ノ水警察」もの、さらには時代小説も多彩な作品があり、推理小説作家とのくくりでは失礼ではありますが。

ところがつい先日読み終わったところで「これまでにあげた作家以上に読んでいる作家ではないか、大事な作家を忘れていた」と気づきました。

『悪逆』(黒川博行、 朝日新聞出版、2023年)

もちろん一気読みです、というか、読み終わるのが惜しくて毎日少しずつ、でした。大阪や京都など関西を舞台に人間くさい大阪府警の刑事コンビが昔ながらの足で稼ぐ捜査を通じて真相に迫っていく、いつもの「黒川節」炸裂、という感じで、楽しく読みました。

黒川さんには警察小説、エンターテインメント小説として読ませる作品がたくさんあります。

その作品群の特徴といえば、事件の素材、背景が異なって描かれていることがあげられるでしょう。ご自身が芸術系大学の卒業ということもあって初期の作品では芸術家、美術商、宝石商らが登場して作品の真贋や危ない取引などが描かれます。考古学、発掘の世界の暗部をとりあげるあたりは古墳の多い関西を舞台に書く黒川さんならでは。
身代金目的誘拐、死体がバラバラで見つかる殺人事件、現金輸送車襲撃事件などは「刑事もの」定番の素材ですね。

また『後妻業』(文藝春秋、2014年)では高齢資産家に遺産目当てに近づいて結婚し、資産家を殺害して遺産を手にする犯罪者の世界を描きました。ちょうど同じ時期に、現実の社会で小説のような事件が起き、犯罪なので職業ではありえないのですが、後妻業という言葉が使われ、注目されました。

最新作の『悪逆』ではマルチ商法で莫大な利益をあげた人物や新興宗教教団の腐敗などが描かれ、ここでもやはり世相をきちんととらえています。

刑事ばかりでなく「ワル」も

一方で、建築コンサルタントと組織に属さないヤクザとが一攫千金をもくろんで暴力団などを向こうに回して暴れまわる「疫病神シリーズ」では主人公が北朝鮮に潜入したり、東京を舞台に新興宗教に群がる人物と渡り合うなどします。

刑事が登場する、いわば「正義が勝つ」小説に比べ、こちらは金融詐欺や産業廃棄物処理をめぐる利権を「かすめとってしまおう」という、まっとうな市民ではない「ワル」が主役なのですが、彼らがねらう相手が反社会的な人物ということもあって、つい「ワル」に感情移入し、「応援」したくなってしまうところが人気の秘密でしょう。

こちらのシリーズも主舞台は関西で、主人公たちは関西、大阪の方言をしゃべります。黒川作品の多くの書評が、この関西ことばによる刑事や主人公のやりとりの面白さをあげます。それは間違いないのでしょう、とはいえ、あまりしつこく、くどいのも逆効果では、などと心配もしてしまうのですが、これだけの作品群が読まれているのですから、やはり作者の巧さなのでしょう。


黒川さんの著作。手前の床にならんでいるものもそうです。整理ができていない乱雑な書棚で恐縮です。

いつも感じてはいるのですが、刑事二人がコツコツと捜査をしながら、きちんと生活をしている、例えばちゃんと昼食、夕食をとる、そんな場面がさりげなく、必ず書き込まれます。大阪の名物を「食べ歩く」かのようです(もちろん庶民的な食べ物ですよ)。けっして「食事を抜いてでも捜査に打ち込む」といったストイックな刑事でないところに好感がもてますし、二人が「何を食べようか」と相談するシーンなどは東京言葉でやったら嫌味だろうな、などとも思います。

このように事件の流れや捜査の進展といった本筋とは直接関係のないところに食事シーンが挿入される小説として、すぐに池波正太郎の「鬼平犯科帳」シリーズを思い浮かべました。池波は食べ物に関するエッセイなども多く、「鬼平」に登場する「江戸の食べ物」はそれだけで別の本になるほど、「鬼平」の魅力の一つとして知られています。