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BLOG校長ブログ

2023.11.09

レールの幅・ゲージ ③ ―― 久しぶりの「鉄分」

どこの国・地域の鉄道のゲージが共通なのか、逆に、国・地域が隣接しているのにゲージが異なるのはなぜなのか。このようなゲージが国際関係、さらにいえば世界史の理解を深める補助線になります。『鉄道ゲージが変えた現代史 列車は国家権力を乗せて走る』(井上勇一、中公新書、1990年)はその典型としてロシアのシベリア鉄道とイギリス・日本との関係をとりあげた著作です。

筆者の井上さんは大使館勤務も経験されている外交史の研究者。まず本の紹介には
「当時、鉄道は国家の勢力範囲そのもので、どのゲージを選ぶかは国家的重大事であった。本書は、一九世紀末から日露戦争、満鉄建設、第二次世界大戦に至るアジア現代史を、鉄道ゲージを通して検証する」
とあります。どうです、こんな視点で歴史を見る、大変興味深いと思いませんか。

さて、ロシアのシベリア鉄道がユーラシア大陸の西端、中国や朝鮮半島近くまで到達したことによって、中国に進出していたイギリスや朝鮮半島、中国東北部に勢力を伸ばそうとしていた日本はいよいよロシアを警戒することになります。

ロシアがシベリア鉄道を国の西端まで敷くのは国境警備、あるいは国境を超えて他国に侵略するための軍事輸送がその目的であるとイギリスも日本も考えました。そのイギリスも日本も同様の理由で、ロシアとの国境まで鉄道を敷く必要性が高まります。その鉄道のゲージをどう決めるか、ということになります。

シベリア鉄道は5フィート(メートル法で1524ミリメートル)の「広軌」、イギリスと日本はロシアとの国境に近い中国東北部(いわゆる満州)、朝鮮半島に4フィート8インチ半(1435ミリ)の標準軌の鉄道を敷きます。国境をはさんで両側の主要鉄道のゲージが異なることになったわけです。というかあえて異なるようにした。

ロシアとイギリス・日本が戦うことになってロシアが優勢としたら、シベリア鉄道経由で共通のゲージで兵士、武器がどんどんイギリス・日本側に入ってきてしまう。もちろん逆の情勢になればイギリス・日本側にとって共通のゲージは有利になるわけですが、あえてそのリスクは負わない、ということでしょう。

「シベリア鉄道と、それとは異なるゲージにより日英両国の建設した鉄道との対抗関係は、ロシアと日英両国との間に東アジアにおけるそれぞれの勢力範囲をめぐる抗争を提起してきた。ここにシベリア鉄道が東アジアの国際政治を動かす要因となった背景があり、今世紀初頭の東アジア国際政治において、日英両国(標準軌)対ロシア(広軌)という日英同盟の成立する基本的枠組みがあったと考えられるからである」

なお、イギリスと日本は標準軌を選んだということですが、日本国内(列島)の鉄道は狭軌で、その点では共通点がありません。大陸にいちから新しい鉄道を敷くということで、高速大量輸送がしやすい標準軌を選んだのでしょう。大陸・朝鮮半島と日本列島が海で隔てられているので、列島の狭軌と「つなぐ」ことがそもそもできないという、わかりやすい理由ももちろんです。

『将軍様の鉄道 北朝鮮鉄道事情』(国分隼人、新潮社、2007年)

いや、こういう本があるんです。決してふざけた本ではありません。ここでいう将軍様は北朝鮮の現在の最高指導者(この方も将軍ですが)の父親です。筆者はトラベルライターで「筆者紹介」には「鉄道ファンにとって最後の秘境である北朝鮮の鉄道にも乗車しており、関連資料の収集は随一である」とあります。

確かに豊富な写真や地図、「国家機密」ともいわれる時刻表などを掲載、また将軍様の専用列車の編成図も載っているのにびっくり。実際の列車の写真をもとに客車の特徴をみてとって、何両目におそらく将軍様が乗っている(貴賓室車両)、また、この車両は警備員用などと推定しています。
「(北朝鮮の路線の)設計上の最高速度は時速150キロメートルとも180キロメートルともいわれているが、実際にはこのスピードで走ることはない。(略)常に40キロ~60キロ程度の低速走行が義務付けられているからともいわれる。もっとも国内路線の場合、路盤整備が行き届かないことから、実際にスピードを出し過ぎると脱線の危険が伴うという、切実な現状があることも忘れてならないだろう」

時速150キロにしても、現在の日本国内の在来線電車特急の最高速度にほぼ匹敵するので、機関車がひっぱる将軍様専用列車ではまずありえず、後段の路盤整備への不安が低速運行の理由でしょう。

「はじめに」にはこうあります。

「21世紀になって暫く経ったある年、私は中国北京から列車に乗り、北朝鮮に入った。鉄道の置かれた状況は、聞きしに勝るものであった。中国国境から平壌まで僅か225キロメートルになんと5時間もかかるのである。戦前の蒸気機関車の時代でさえ4時間15分で走っており、北朝鮮の鉄道は停滞するどころか、退化していたのだ」

国分さんが乗車した正確な日時は書いていませんが、ここ十数年の北朝鮮の軍事強化一辺倒、国内経済の停滞を考慮すると、鉄道事情がよくなっていることはまず考えられません。今回の最高指導者(将軍様)のロシア訪問で走った路線もほとんど同じ状況だったと考えていいでしょう。