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BLOG校長ブログ

2023.11.16

関ヶ原の戦い(2)小山評定はあったのか②

「関ヶ原合戦」前夜の名場面として描かれてきた「小山評定」はなかったとする白峰旬さん。『新解釈 関ヶ原合戦の真実』(宮帯出版社、2014年))では以下のように書いています。

「小山評定は非常に有名な場面であり、これまで関ヶ原合戦の歴史ドラマでは一番の見せ場としてくりかえし放映されてきた。(略)ところが、江戸時代の軍記物など後世の編纂資料で、小山評定がまるで見てきたかのように雄弁に記述されているのに対して、同時代の一次史料では、小山評定について直接言及したものは皆無なのである

ここでいう一次史料は書状(手紙)と考えていいでしょう。そして、これまでの通説で取り上げられている書状は評定があったことに直接触れているわけではなく、その前後の動きを記しているだけなので
「小山評定の実存性を明確に立証する一次史料が発見されていない現段階では、いわゆる小山評定は江戸時代の軍記物やその他の編纂資料が作り出した想像の産物」

とバッサリです。

これに対して近年の関ヶ原合戦研究の第一人者と言っていいでしょう、笠谷和比古さんの見方はどうなのか。「小山評定はあったのか①」で紹介した雑誌でも笠谷さんは小山評定について書いているのですが、ここではご自身の著作から。

『関ヶ原合戦』(笠谷和比古、講談社選書メチエ、1994年・講談社学術文庫)

学術文庫版は2015年発刊の第6刷を2016年に読んでいる私自身の記録があり、もちろん小山評定についても書かれているのですが、より近著から引きます。

『論争 関ヶ原合戦』(笠谷和比古、新潮選書、2022年)

「論争」とあるように、笠谷さんの説への反論をとりあげ、自身で再反論している内容になっているので、こちらの方が「小山評定はなかった」説と比べた時に整理ができているように思います。

小山の評定については、近年、その存在を疑う議論が広く行われたために、関ヶ原関係の歴史叙述においても、また歴史ドラマ(先年制作された東宝映画『関ヶ原』など)においても小山の評定の描写を避ける傾向が見られるが、これは重大な誤りであり、小山の評定は紛れもなく実在の事件である。その根拠は以下の通り。

として3通の書状(手紙)を紹介しています。この書状のうち1通は白峰さんが触れていない書状で、この書状が論文で発表された時期は白峰本の発刊時と微妙なタイミングなので、白峰さんがいうところの「新たな一次史料」にあたるのかどうかはわかりません。ただ、その書状の内容は小山で何らかの相談があったことを示しているだけで、評定という言葉はもちろん使われていませんし、ましてや福島正則の発言は確かめようもありません。

笠谷さんは
浅野幸長ら武将たちが小山に参集して家康と共に作戦会議を催していたこと、会津攻めを暫時停止して、三成方西軍との対決を優先して、駿河国から西に領地を有する豊臣系武将たちが反転西上していったことなどが事実であったことが確認される

と「小山評定」という言葉は使わず、何らかの集まりはあったのだろうとしています。

このお二人の見方の違いについては山本博文さんが以下のようにまとめています。

『「関ヶ原」の決算書』(山本博文、新潮新書、2020年)

「小山評定」については真偽が疑われている(白峰旬『関ヶ原合戦の真実』)。しかし、会津攻めは豊臣「公儀」の軍事行動であるから合議の必要はないが、家康が三成の挙兵に対して新しい方針を出す場合、諸部署の了解を取り付ける必要があったから、こうした会議が開かれた蓋然性は高い(笠谷和比古『徳川家康』)

お二人を含めて関ヶ原合戦についての研究史はこちらがわかりやすいかと。

『関ヶ原合戦は「作り話」だったのか  一次史料が語る天下分け目の真実』(渡邊大門、PHP新書、2019年)

「(戦後になって)本格的に関ヶ原合戦を研究として取り上げたのは、笠谷和比古氏である。(略)これまでは合戦のにみ目が向けられがちだったが、笠谷氏の研究により関ヶ原合戦が政治的な問題として分析されるようになった」
「さらに、白峰旬氏の『新「関ヶ原合戦」論 定説を覆す史上最大の戦いの真実』(二〇一一)、「『関ケ原合戦の真実 脚色された天下分け目の戦い』(二〇一四)が刊行され、これまでの二次史料に基づいた誤りが正されるようになった。白峰氏は現在も、関ケ原に関する学術論文を次々と公表している」

どちらをとるのか、なかなか悩ましいところではありますね。ただ、私自身は白峰さんの本を読んだ時に結構驚き、感心したこともあったので、大河ドラマを見ていて「へーっ、描くんだ、思い切ったな」という感想は持ちました。その点NHKは、笠谷さんのいうところの、「最近の歴史ドラマは小山の描写を避ける傾向」に従わなかったわけですね。