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BLOG校長ブログ

2023.12.01

脳はまちがえていい ①

毎年優れた出版物に贈られる「毎日出版文化賞」の2023年度の受賞者・受賞作品が発表され、その紹介記事にひかれて「自然科学部門」で選ばれた著作を読みました。例年受賞作品は重厚な作品が多く、つど「覚悟を決めて」手にはとるようにしているのですが、この著作は新書ということもあって、あまり逡巡しませんでした。毎日新聞社が主催している文学賞という「身内びいき」ではなく、新書として一般読者向けに難しいテーマを実にわかりやすく、かといって手を抜かずに説明してくれている著作で、個人的には今年度の新書ナンバーワンでした。

『まちがえる脳』(櫻井芳雄、岩波新書、2023年)

書名にあるように「脳はどんなに頑張ってもまちがえてしまう」とのっけから直球、という感じ。ちょっとがっかりしてしまいますよね、でも「まちがえることにはメリットもあるらしい。それは新たなアイデアの創出、つまり創造である」、おっ、うれしくなりますね。「つかみ」としてすごくいい、ページをめくる手が早まります。

脳の働きについては、脳内で信号を発生する細胞ニューロンの説明から入ります。ニューロンとかシナプスとかは教科書でも扱われますが、「ニューロンは自力で発火することができない」「それでは一体、脳の信号は、最初はどこでどのように発生しているのであろうか」と、ここでもかなり根源的な問いが投げかけられます。そして

「脳の自発的活動、すなわちヒトの自発性はどのように生まれるのか、という大きな謎が浮上してくる」

「結局、現時点では、脳の自発活動の出発点は謎であり、自発できない相互依存のニューロンが組み合わさり、協調することで自発性が生まれるものではないかというような、抽象的な仮説にとどめておくしかない」

ちょっと肩透かしと思わなくもないのですが、脳はまだまだわからないところだらけということが素直に語られるので、その前提で読み進めることになります。そして、ぐいぐい引き込まれます。

脳の最新研究が紹介されていくのですが、脳の話についての「補助線」「比較材料」としてコンピュータやAIがよくとりあげられます。AIが人間に近づいているかのように言われるとき、例えばロボットように人間の「動き」に近づくという側面もありますが、多くの人はAIが「人間のように考える」ことをイメージするでしょう。その点、櫻井さんははっきりと書きます。

「脳はコンピュータのような機械とは本質的に異なっており、人が想像可能な精密機械として理解することは難しそうである。たしかに21世紀に入るあたりから、従来の機械論的な視点を超えた斬新な研究成果や仮設が報告されている」

「脳の活動が心を生んでいることは自明である。(略)しかし逆に、心が脳の活動を制御できることもわかってきた。これが脳を機械にたとえることができない決定的な理由かもしれない。制御する側である心は、同じ脳から生じているにもかかわらず、制御される側の脳活動からは独立して働き得る。機械でこのような機能を備えたものはない」

「脳の活動は、記憶をはじめ、感覚や運動など多様な機能を生み出しているが、そのような活動と機能を俯瞰しているのが心ではないかと考えられる。もちろん心も脳の活動であり、決して神秘的な存在としてどこかに浮遊しているわけではない」

「人がつくってきたシステムは、ほとんどすべて最上位の制御中枢(コントロール・センター)をもつ。そして制御中枢からの指令が一方的に流れることで、他の装置、あるいは集団や個人を制御している。しかし脳は、そのような人の設計思想を超えた、独自の自律的な制御方式を採用しているようである。それは、特定の指令所をもたず、集団が集団自身を制御するという、いわば「究極の民主主義」とでも呼ぶべき方式なのであろう」

なにやらAIにとって代わられるような漠然とした不安を感じる時代になっただけに、「ヒトの脳」すばらしいじゃないか(私の脳、ではありませんよ)と、ちょっとうれしくなります。