2023.12.04
「毎日出版文化賞」の受賞者・受賞作品『まちがえる脳』(櫻井芳雄、岩波新書)発表にあたって審査員で情報学者の西垣通さんが以下のような評を寄せています。
「かぎりなく複雑で、未知の謎に満ちている脳。――安易な断定を避け、その謎の解明に向けて一歩ずつ地道な実験研究を積み重ねていく、著者の研究者魂に脱帽したい」
櫻井さんの本を読んで脳にはまだまだ謎、未知が数多く残されているということは、いやというほどわかりました。それに挑む研究者はすごいと思います。一方で、そんな簡単に解明できるのだろうかと絶望的になるような難問でもあるようにすら感じました。でも、です。
ノーベル賞について以前少し書きましたが、免疫の研究で生理学・医学賞を受賞した利根川進さんはその後、脳の研究にシフトしていきます。利根川さん自身がその理由についてどう語っているのか、著書をめくってはみました。
ノーベル賞を受賞(1987年)したすぐ後の著作です。取り組んでいた脳研究について説明していますが、「生物学の中で遅れをとってきた脳研究」として、ノーベル賞につながった分子生物学にもとづく研究と比較しています。
「精神機能に関する生物学は、ひじょうに遅れをとっています。二一世紀においては、この精神の生物学、つまり脳の研究が大発展を遂げるであろうと、私たちは考えています」
利根川さんが受賞時在籍していた米国マサチューセッツ工科大学(MIT)の利根川研究室の若い研究生(名前は失念してしまいました)に、京都で開かれた学会の場で話を聞いたことがあります。受賞の数年後でした。
やはり脳の研究をしているとのことで、「どうして脳なんですか」とストレートに質問しました。その答え「だって、わからないことばかりだから。楽しいじゃないですか」と。その率直で迷いのない返事が何ともまぶしかったことをよく覚えています。
利根川さんは『私の脳科学講義』でこんなふうにも書いています。
「いまのところは、有能な若い科学者や学生がわたしのところへ応募してくるんですよ」
「わたしは、一九九〇年、五〇歳くらいのときに、脳科学の研究を始めたわけです。でもわたしなりのストラテジー(戦術)、新しい攻め方に気がつかなければやっても意味がない。わたしの研究室が投じた新しい攻め方に価値があって、脳科学における中心的問題を新しい角度から研究していく道が開けた。その攻め方が役にたつから、優秀な若い研究者が応募してくるのだと思います」