2023.12.05
「毎日出版文化賞」の2023年度受賞者・受賞作品のひとつ「まちがえる脳」について書いてきましたが、過去の受賞者・受賞作品でこれまでに読んだ何冊かを。
大久保利通は学生時代の専攻からして避けて通れない政治家でり、その後も評伝などいろいろ読んではきましたが、大久保研究の近年の一つの到達点とも言われた著作です。読んだのは22年8月の書き込みがあり、受賞が決まる前かと。今回、改めてページをめくってみました。
薩摩藩士時代から倒幕を経て岩倉使節団の一員として欧米を回り、帰国後のいわゆる「明治6年政変」、台湾出兵、西南戦争と大久保の生涯を丹念に追う力作です。では、瀧井さんのどのような切り口で大久保をとらえなおしたのか。
まず大久保が従来、研究者らによってどのように描かれてきたのかをおさえます。
「多くの政敵を追い落としながら、彼は明治政府の実権を掌握し、大久保政権と呼ばれる有司専制の体制を築いた。絶大な権力をほしいままにして彼が追求したのが、富国強兵と殖産興業の明治国家の二大政策であり、今日ふうに言うならば、大久保は権威主義体制下で開発独裁を推進した国家指導者の典型となろう」
その大久保像への異なった見方が近年出てきているとし
「政治家としての大久保利通の評価はいま大きな見直しを迫られている。(略)本書において新しい大久保像をデッサンしてみたい。(略)当時の様々な政治的勢力や政策的意見を媒介し結び合わせ、国家としてのひとつの大きな政治的潮流と制度的まとまりを造形したのが大久保だったのではないか、とのイメージである」
「本書で論じられる大久保とは、普段は人々の後衛に立ってそのまとまりに腐心し、何か事があった場合には前面に出て皆を導こうとしたそのような政治的リーダーである」
そして副題にある「知」を結ぶ指導者、との意味合いについては
「大久保を「知の政治家」とここで称しようとするのは、彼が知ないし知識の機能というものをまさに弁えていたと目されるからである。知の機能とは何か。本書はそれを、地縁や血縁といった直接的な人間関係とは異なる、人と人との新しいつながりを生み出すものと捉えたい。大久保は知を通じてのネットワークの形成に並々ならぬ関心を寄せ、そのようなネットワークから編み出された、知識の交換と交流を成り立たせるためのフォーラムを作ることに腐心していたというのが、筆者の見立てである。大久保にとって国家とは、そのようなネットワークであり、ファーラムだった」
このあたり引用していて、現代の政治家にもっとも求められている資質ではないか、と思いました。おそらく瀧井さんもそう考えたのだろうし、そこを感じ取った方々がこの著作の今日的意味を高く評価したのでしょう。