2024.03.08
京都占領期のゆかりの地巡り、と書いたら不謹慎でしょうか。進駐軍の将校や兵士の宿舎などを紹介しました。では、彼らはどこで仕事をしたのか、迎える側の日本の役人は、というところに続きます。
進駐軍を受け入れるのはまずは自治体、京都府であり京都市なわけですが、占領軍とその進駐先の地方行政機関とのあいだをつなぎ連絡をとる終戦連絡事務京都委員会は現在の京都府庁内に置かれ、さらには軍政部がこの建物の中に入り、府の行政を監督、監視したそうです。
この京都府庁の建物ですが、京都府のウエブサイトによると
「旧本館は明治37年(1904)12月20日に竣工しました。昭和46年まで京都府庁の本館として、また、現在も執務室として使用されており、創建時の姿をとどめる現役の官公庁建物としては日本最古のものです」
とあります。
『古都の占領』ではこう紹介されています。
「京都府庁旧本館は現在、重要文化財に指定されている美麗な建物である。中庭をかこんで部屋が並ぶ様式で二階の部屋数は約二〇、その半分を超える部屋が接収されていたことになる」
私が京都で仕事をしていた時、教育委員会だったかが入っていて、建物に出入りしたことはあります。くどいようですが、こんな「歴史」は全く知りませんでした。
京都府庁旧本館。玄関には車寄せが設けられています
京都府のウエブサイト「京都府庁旧本館」の案内はこちらから
もちろん耐震の問題やIT設備対応などを考えると、さすがに今ここを役所としてフル活用するわけにはいかないでしょうが。ただ、建物そのものをきちんと保存していることは素晴らしいですよね。