2024.05.02
「バーチャル・ウォーター・トレード(仮想水貿易)」という考え方を紹介したことも沖大幹さんの業績の一つなわけですが、もう少し説明があった方がいいでしょう。
考え方の例として、具体的な数字が『知っておきたい水問題』(沖大幹・姜益敏編著、九州大学出版会、2017年)で示されています。
小麦やトウモロコシを1キログラム生産するためには約2000リットルの水が必要、つまり作物重量の2000倍の水が必要ということ。ということは、これだけの水を確保することのできない地域では小麦やトウモロコシが栽培できないことになってしまう。では水を輸入すればいいのか、水の輸送には大変なコストがかかります。
結果的に食料として欠かせない小麦やトウモロコシは輸入に頼ることになる、その輸入はあたかもその生産に必要な水を輸入したことと同じと考えていい、ということで、そこからバーチャル、仮想という単語を使い、「仮想水貿易」という表現になっているわけです。
この概念をいち早く日本で紹介し、沖さんらの研究チームはいろいろな穀物などの食料や工業製品をつくるのに必要な水の量をはじく計算式を作っていきました。
食料自給率の低い日本は穀物や肉類の多くを輸入しています。一方で日本は水に恵まれた国と私たち自身が思っています。沖さんらの計算で日本に輸入される食料の仮想水量の総計がはじきだされたところ、その多さに「水に恵まれた国なのに、これほどの水を海外に頼って日本の食生活が成り立っている」とある意味、衝撃的に受け止められたようです。
自分の国にたくさん水があるのに、海外の水(仮想水として)まで使っているのかと誤解され批判されがちですが、「そうではない」と沖さんは指摘します。『水問題』ではこのようにまとめています。
「日本は降雨の時間的な偏在が小さく、水資源に恵まれた環境です。しかし、平地が少なく国内で十分な農地が確保できないために、仮想的に海外の農地を輸入しているようなものなのです」
「一方、中東などの石油資源に恵まれた国では、海外から水を輸入し自国で作物を栽培するのではなくて、海外で栽培された作物を自国に輸入した方が、はるかに運送コストを安くすることができます」
「仮想水とは、食料を媒体とする地域間の移動が、水資源の地域的な偏在を緩和しているという観点から生まれた概念です」
沖さんの研究は幅広く、この仮想水のことなどはほんの一部にしか過ぎないことがその著作からうかがえます。新聞報道などでは専門は「水文学」、「みずぶんがく」ではなく、「すいもんがく」 (hydrology)、地球上の水循環を主な対象とする地球科学の一分野で、毎日新聞の記事によると沖さんは気候変動によって世界の水の供給と需要がどう変わるか予測する方法を開発したと紹介されていました。
私のレベルではここまで。ただ、気候変動などと同じように、水問題は地球規模の課題の一つであることはまちがいないところですよね。
『水の未来』を読んで、また沖さんの公式サイトなどで経歴を確認したところ、おそらく2002年、沖さんが文部科学省大学共同利用機関「総合地球環境学研究所」で助教授をされていた時にお会いしたのだと思います。さすがに当時の手帳や取材メモは探しきれませんでした。この研究所が発足したばかり、研究所は京都市内の、統廃合で使われなくなった小学校校舎を借りていて、そこを訪ねました。話がはずみ、結構突っ込んだ質問をしたからか、沖さんから「小野田さんは理系ですね」などと嬉しい?誤解をされ、誘われて一緒に食事もしたことを懐かしく思い出しました(ちなみに、がちがちの文系です)
今回、沖さんの経歴を確認していて出てきた「総合地球環境学研究所」は2001年に発足、初代所長が動物行動学の日高敏隆さんで現在は前の京都大総長・山極壽一さんが所長を勤めているようです。これもちょっとした縁に過ぎないのですが、この研究所の研究員の方が以前、本校を設計したアレグサンダー博士の建築思想に興味を持ち見学させて欲しいとわざわざ京都から来校したことがあったのです。私が京都で仕事をしていたころはまだこの研究所はなかったので、見学の後、研究所のことをあれこれ聞いたことも思い出しました。
沖さんが個人で開いているホームページはこちらを