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BLOG校長ブログ

2024.05.07

『八月の御所グラウンド』--「ご当地小説」考 ①

「ご当地ソング」についてあれこれ書きました(4月8日付~18日付)。そこで続けて「ご当地小説」、音楽以上に小説には舞台設定が重要ですから具体的な地名や固有名詞がしばしば出てきます。それなのにあえて「ご当地小説」としてまとめるのは何か意図があるのか、実は京都を舞台にした小説をとりあげたいのですが、また「京都ネタ」と言われるでしょうから、せめてタイトルは「ご当地小説」と逃げました。

というのも、とりあげたくなったきっかけは二つ。まずは万城目学さんが『八月の御所グラウンド』(文藝春秋、2023年、手元は24年2刷)で直木賞を受賞したこと、さらには、今年初めに散々書いた『京都 未完の産業都市のゆくえ』(有賀健、新潮選書)で、こちらは芥川賞作家、綿矢りささんが京都を舞台にした自伝的な小説を書いていることを知り、読んでみてどちらも大変おもしろかったことがあります。

『八月の御所グラウンド』には表題作と『十二月の都大路上下(カケ)ル』の二編が収められているですが、まずはグラウンドの方から。

京都の大学に通う主人公「俺」が、友人から焼肉をおごってもらって頼み事を聞く。友人は留年していて何とか就職のメドがたったが、卒業の必須条件である卒業論文提出が危うい。担当教授に泣きついたら、早朝野球に出場することという条件を出された。焼肉とは別に借金もあって「俺」も友人と一緒にしぶしぶ早朝野球に加わることになる(主人公の大学名は出てきませんが、百万遍の交差点とか書かれているので京都大でしょう)。

そういう経緯なので、かき集めた野球チームのメンバーのモチベーションは低い。早朝とはいえ8月の暑さの中での野球、日が経つにつれてだんだんメンバーが減っていき、もはや試合が成り立たない、という時に、グラウンドの隅にいた人に声をかけて、急きょ助っ人として加わってもらう。この助っ人の技量がすばらしく、何者なのかナゾは深まるばかり。

もちろんミステリー(推理小説)ではないので、ネタバレとかはありませんが、これより先まで書いてしまうと興ざめは間違いないところ。なので、ほとんど余談にしかならない感想をいくつか。

タイトルにある八月ですが、暑さがこのように描写されます。

「誰もが京都から脱出した。/ 賢明な判断だと思う。」
「八月を迎え、京都盆地は丸ごと地獄の釡となって、大地を茹で上がらせていた。(中略)学食で中華丼をかきこんでいたら、後ろの席で女子学生が、鴨川べりで座っていたら蜃気楼が下流のほうに見えた。京都タワーが浮かんでいた、と語っていた」
「八月の京都の暑さに勝てる者などいない。/すべての者は平等に、ただ敗者となるのみ。」

早朝とはいえ、そんな中で野球をするわけです。では「御所グラウンド」とは

「京都御所の敷地内にある運動用広場のことである。はじめてその名を耳にしたときは、俺も「ウソだろ?」と思った記憶がある。京都御所といったら、歴代の天皇が住んでいた、いわば日本の歴史の中枢だ。そんな重要な場所で野球やサッカーができるものなのか?」

「おそらく他に正式名があるのだろうが、学生一般には「御所G」の呼び名で知られている。学内の掲示板に貼られている、運動系サークルの勧誘ビラにも「毎週水曜日に御所Gで練習」などと書きこまれているのをよく目にする」

この主人公同様、私自身も京都で仕事をしながら、この本を読むまで御所にグラウンドがあることはまったく知りませんでした。地図や空撮写真などで確認してみました、ありました。

「天皇が住んでいた」という京都御所の周囲に広がる空地・緑地が「京都御苑」、市民が自由に歩ける場所、市民憩いの場でもあり、運動公園があっても不思議ではありません。京都御苑の公式ホームページでも案内されています。

南東部の富小路地区には、グラウンド、テニスコート、ゲートボール場、北東部の今出川地区にはグラウンド、西部の出水地区には出水広場があります。そして、富小路地区のグラウンドは「軟式野球、ソフトボール場 6面」、今出川地区は「軟式野球、ソフトボール 3面」と紹介され、使用料などが明記されています。

どちらのグラウンドも周囲を樹木に囲まれているので、近くまでいかないとなかなか気づかないでしょう。小説中にある、主人公が下宿からたどった道筋、さらには「石薬師御門」から御苑に入った、とあるので、今出川地区のグラウンドが舞台だと推測されます。

月刊「文藝春秋」の5月号に有働由美子さんの万城目学さんへのインタビュー記事が載っていました。その中で万城目さんが答えています。

「僕も京大生の時に御所グラウンドで試合をしたことがあります」

やっぱり。その後にこの小説のカギとなる話が続くのですが、最初に書いたようにネタバレなのでまずはここまでで。

余談ではありますが

主人公の「俺」は天皇ゆかりの場所で野球、と驚いたわけですが、実は東京にもそういう場所があります。「神宮球場」です。所在地は明治神宮外苑、つまり明治天皇を祀った「明治神宮」の一部だということです。神宮球場はご存じの通りプロ野球ヤクルトのホームグラウンドであり、大学野球が行われ、高校野球の東京都予選の会場にもなります。その神宮球場のすぐ横に軟式野球専用のグラウンドがあるのは知ってますか。申し込めば誰でも利用できます。

「明治神宮外苑」のホームページを見たら、天然芝グラウンド5面、人工芝グラウンド1面あるそう。
なんで知っているかというと、ここでは何度か野球をしたことがあります。といっても学生時代ではなく、新聞社に入ってからのこと。会社の福利厚生の一環として所属対抗の社内野球大会がこの外苑のグラウンドで開かれていたのですが、小説同様、なんとかメンバーを集めて出場していました。男女こだわる余裕もなく、ほとんど野球未経験者! もいましたね。そういえば、ここも略称すればGグラウンドだ。

試合は休日とかでなく、早朝に行うのが特徴、試合を終えてそのまま出勤するという、今では信じられないような話ですね。まあ、休日に設定したらみな集まらないでしょうから。時代の変化もあって徐々に参加する所属も減り、いつの間にか大会そのものもなくなったようです。

「御所グラウンド」をあれこれ調べていて、思い出しました。

京都御苑の運動施設の案内がこちらにあります

明治神宮外苑の軟式グラウンドの案内がこちらにあります