2024.05.08
さて万城目学さんの最新作『八月の御所グラウンド』に収められているもう一編『十二月の都大路上下(カケ)ル』、二編のタイトルが「八月」と「十二月」で対になっているわけですが、こちらは野球ではなく、毎年12月に京都市内で行われる高校駅伝が舞台の小説です。
「全国高等学校駅伝競走大会」が正式名で男子第何回、女子第何回とつきます。男子の部と女子の部に分かれて競走が行われています。毎日新聞社の主催です。ここのところ覚えておいてください、後でしつこく書きます。
万城目さんの小説では「女子全国高校駅伝」となっています。このように紹介されます。
「私たちの高校は実に二十七年ぶりに都大路を走る切符--、すなわち女子全国高校駅伝のエントリー権を獲得した。駅伝を志す高校生たちにとって、野球における甲子園と同じ存在感を持つ、超ビッグな大会である。わざわざ、全校生徒を集めた壮行会まで体育館で開いてもらってから、意気揚々、京都に乗り込んできたのだ」
主人公の女子「私(坂東)」は二年生
「ちなみに現在、私の辞書に「緊張」の二文字はない。なぜなら、私は補欠だから」
その私が本番前夜、顧問に呼ばれて、三年生の先輩が出走を辞退することが告げられる。そして
「代走に誰を立てるか――」
「坂東、アンタに決まったから」
と突然指名されます。そして本番のレースの結果は、ということで、こちらもネタバレしません。
この作品もディテール、細かいところで笑いがありました。もちろん、基本的には笑う話ではありませんが。例えばここ
「とりまるじゃないよ、からすまる。よく、見なよ」
「「え?」と地図をのぞきこんだ。確かに「鳥丸通」ではなく「烏丸通」と表記されている」
「『烏』って字、『鳥』より横棒が一本、少なくて簡単なはずなのに、何でこっちのほうが難しい漢字に思えるんだろうね」
「それに『からすまる』じゃなくて『からすま』って読むから」
思い当たる人、きっといますよね。駅伝のコースでは烏丸通を走ります。本番前にコースの下見をした時のやりとりです。
そして走り終わって翌日、京都を離れる前に「私」たちはお土産購入に出かけます。京都でお土産購入といったら、はいそうです、「新京極」です。そこで前日同じ区間を走った強豪チームの上級生とばったり出会います。
「地元のシャッターだらけの駅前商店街とは違う、前後にどこまでも店が続く眺め」
「(新京極の)アーケードでは、昨日の大会に出場していた学校の生徒たちと何度かすれ違った。どうしてそれがわかるのかというと、誰もが私たちと同じように学校のウィンドブレーカーやベンチコートを着て行動しているからだ」
「どこにでもいる高校生の雰囲気で、それでいてその表情に、「ウチら、地元の代表として都大路を走ったんです!」という誇らしげな様子がほのかに宿っているのが、何ともくすぐったい」
「ほんの一瞬、彼女たちと視線を合わせるだけで、言葉は交わさずとも、互いの健闘を称え合う無言のエールが、雑踏のなかで交差した」
青春ですね。
さて主人公の名前「坂東」ですが、「さかとう」と読ませています。仲間からは「サカトゥー」と呼ばれてます。この学校の名前や所在地は書かれていないのですが、勝手に推測すると、この名前からして関東の学校かしら。坂東(ばんどう=関東地方の古名)だし(この後紹介しますが、万城目作品の登場人物の名前はいつも訳アリなので)
全国高校駅伝については毎日新聞社の特集ページを。歴代優勝校などが紹介されています。こちらから
「『八月の御所グラウンド』--「ご当地小説」考 ①」(5月7日付)のところで、万城目学さんに有働由美子さんが月刊『文藝春秋5月号』誌上でインタビューしていることを紹介しました。説明は不要でしょうが有働さんは元NHKアナウンサー、文藝春秋でのインタビューは「有働由美子のマイフェアパーソン」というタイトルの連載で5月号は「64」となっているので64回目ということでしょうか。長期連載ですね。その有働さんのNHK時代、強烈な印象を受けたことがあります。
記者として放送通信業界を担当している時にはNHK会長らの記者会見に出ていました。どのような内容だったのかは覚えていないのですが会見場に有働さんが登場して「有働でーす」と一声、アナウンサーなので声が通るのはもちろんなのですが、そのあいさつだけで記者会見場の雰囲気が一気に変わり、華やかになりました。存在感というか、よく言われるオーラを感じたといってもいいような、なるほどNHKの顔だなと感心したのでした。
そんな体験を思い出しながら、万城目さんのインタビュー記事を楽しく読ませてもらいました。
本当に余談ですね。