2024.05.21
『別冊文藝春秋』で2008年~09年に連載され、2009年に単行本が発刊されています。この作品も映画化され(2011年公開)、すでに映画を見ているので今回改めて原作を読むのはどうなのかとも思ったのですが。というのも映画の出演者が中井貴一、堤真一、綾瀬はるかといったトップスター揃いでその印象が強く、小説を読んでいる最中も俳優さんの顔が常に浮かんできます。この小説に限らず映像を先に視た場合はほぼこうなります。それはそれで小説の読み方としておもしろいという意見もあるでしょう。
ところが、実は大阪の陣で豊臣家は滅びていない、生きのびた子孫がいたということがまずあります。歴史に材をとった小説として「実は滅びていない」という設定そのものには特別の驚きはありませんが、この万城目作品では、ずっと続いてきた豊臣家の生き残り、現在の当主が女性(中学生)で「プリンセス・女王」とされています。
さらに、子孫がひっそりと暮らしていた、というのではなく、豊臣家の当主をいただき守り続ける「大阪国」が今も存在しているというのです。江戸幕府が滅びて明治になった混乱の中で大阪国と明治政府の間で「条約」が結ばれ、明治政府は大阪国を認める、さらには大阪国のために日本政府が補助金を出し続けることが約束され、ずっと続いてきたというのです。もちろん大阪国の存在は表にはでていませんが、万が一プリンセスに危機が及んだときは大阪国の住民、大阪で暮らす大半の男性が住民になっていて、一斉に立ち上がることがひそかに誓われている、という。
何もなければプリンセスも大阪国もそのままなのですが、東京から国の会計検査院の調査官3人が大阪にやってくることからドラマが始まります。会計検査院は国の役所の一つで国の予算がきちんと使われているかを調査します。大阪府の会計を調べているうちに意味不明、使い途がわからない補助金に気づきます。これが「大阪国」に渡っている補助金なわけです。ここに切り込もうとする調査官、大阪国の危機に住民がたちあがります。
ざっとこんなストーリーです。これまでさんざん書いてきた通り、登場人物の名前がストーリーを彩ります。調査官のチーフが松平、はい、徳川家康はもともと松平でしたね。大阪(豊臣方)と対抗する人物の名前としてぴったり、ストレートに徳川としたらさすがにね。その部下は鳥居、こちらも家康を支えた家臣の姓、対する大阪国側ですが、大阪国の総理大臣が真田幸一、大阪の陣で最後まで豊臣家に従った真田信繁(幸村)ですね。その側近が長曾我部、これも豊臣方だった武将の名前です。
一方で歴史の中での敗者への同情ということもよく言われ、「実は死んでいない、生きのびている」という伝説が語られてもきました。
平安時代末期の源氏と平氏の戦い、壇ノ浦合戦で平氏は滅びたことになっているのですが、実は子孫が人里離れた場所でひっそりと暮らしていたという平家(平氏)の「落人」「隠れ里」といった伝承、あるいは源頼朝によって討たれた弟の義経に同情するいわゆる「判官びいき」では、義経は奥州・平泉で死んでいない、東北奥地から蝦夷(北海道)に逃げ、さらには大陸に渡ったといった話し、これにはチンギス・ハーンの正体は義経だというところまで“発展”します。
また近代でも西南戦争で鹿児島で自決した西郷隆盛についても生存説が語られつづけました。
まあ、そこまで意識した小説というのは考えすぎではあるのでしょうが。
文庫には「あとがきにかえて エッセイ」として万城目さんの「なんだ坂、こんな坂、ときどき大阪」が収録されています。
ホルモー、御所グラウンドなど万城目さんには京都を舞台とした作品が目立つのですが、万城目さん自身は大阪の出身。通っていた小学校は大阪城の外堀と道路一本を隔てた場所にあったそうで、「秀頼の抜け道」というのがあったとのこと。
「下駄箱がずらりと並ぶ昇降口のすぐそばに、地下へと続く階段があり、生徒はそこへの立ち入りを固く禁じられていた」
「「これって豊臣秀頼が大阪城から逃げてくるときに使った抜け穴につながってんやで」と誰からともなくささやいた」
そして
「かように、子どもの自分から馴染みの深い大阪城、そして空堀商店街の二つを重点的に用い、作品を書き上げたわけだが、まあ、ずいぶん身近でまとめたものだ、と思わないでもない」
「つまり、『プリンセス・トヨトミ』は私なりのふるさとを書いている、ということらしい」