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BLOG校長ブログ

2024.06.10

「公文書館」の役割 ②――「大和ミュージアム」余話

米国の国立公文書館(「DC」と呼びます)は1934年に設立されています。日本の国立公文書館(「北の丸」と呼びます)の設立は1971年、この差はなんなのか、ということです。「北の丸」のウエブサイトに公文書館設立の前史としてこんな説明が載っています。

「我が国では、明治以来、各省の公文書はそれぞれの機関ごとに保存する方法をとってきました。しかし、戦後、公文書の散逸防止と公開のための施設の必要性についての認識が急速に高まり(略)」

でも、米国ではすでに戦前から公文書館があったわけですよね。「北の丸」では「公文書はそれぞれの機関ごとに保存する方法をとってきました」とさりげなく書いてありますが、ようするに各役所が自分たちのところで「抱えていた」ということです。もちろん日々の仕事を進めるうえで過去の例にあたるために直近の記録などは手元に置いておくのが合理的です。

しかし、「歴史資料として重要なもの」(「北の丸」のウエブサイト)、つまりある程度時間が経過したら役所ではなく公文書館で保管しましょうというのが基本的な考え方です。各役所も記録(書類)の保管場所を無尽蔵に持っているわけではありませんし、手放した方がいいはずです。

ここで問題になるのは「歴史資料として重要なもの」は何か、誰がどう判断するのかということです。役所などでは日々膨大な公文書が生み出されます。その中から何を重要なものとして選びだすのか、その専門家としてアーキビストという資格をつくり養成をしているのですが、役所にそもそもどういう記録(リスト)があるのかがわからなければ選びようがないという壁につきあたります。

そうなると役所が出してきたものを「いただく」しかありません。言い方が悪いのですが、役所が「都合が悪いので公開したくない」と言って抱えこんで(あるいは廃棄)しまえばどうしようもないわけです。それを防ぐためにはどうすればいいのか。公文書館なりアーキビストに強い権限を持たせるのが一つの方法です。

考えさせられたのが米国でのトランプ氏をめぐるニュースです。

2022年8月、大統領を退任していたトランプ氏が退任時に国立公文書館に引き渡すよう法律で定められていた機密文書300件以上をトランプ氏の邸宅で保持していたと報じられました。公文書館がなかば強制的に約半数を回収し、さらにはFBI(連邦捜査局)も家宅捜索で書類を押収した、というのです。

もちろんトランプ氏と現政権との緊張関係など政治的な思惑が背景にあるのかもしれませんが、まさに米国の歴史そのものである大統領がどのように政策をつくりそれを実行したのか、その記録は当然のごとく公文書館に渡されるべきものだという理念があり、そのことを当然視していることがうかがえるニュースでした。

日本の役所が公文書を抱えこんでいるのではないかというのが私の思い込みならいいのですが、役所に公文書がある段階で市民が情報公開請求しても、そもそも公文書が存在するのかないのかすら回答しない例や公開しても真っ黒に塗りつぶして公開する例などを知るとどうでしょう。もちろん「今は見せられない」、時間がたって「公文書館」に移されてからなら見ることができると役所側が説明することは予想されますが、公文書そのものを改ざんすらしてしまう例など知ると残念ながら信頼することは難しいのです。

しつこくもう1点、重箱の隅をつつくようですが、そもそも公文書の定義が難しいということもあります。「DC」のウエブサイトが対象とするものについて「all documents and materials」としているのが気になります。「文書と資料」です。言葉として大変幅広い、ある意味何でもありとも言えそうです。実は歴史研究では「公文書」になる前の政策決定過程でのメモやメールも重要な資料です。「メモやメールは公文書ではない」という役所のコメントもよく聞きます。

日本の国立公文書館や地方の公文書館、文書館の役割を支える法律「公文書館法」(1987年制定)にはこうあります。
「第二条 この法律において「公文書等」とは、国又は地方公共団体が保管する公文書その他の記録(現用のものを除く。)をいう」
「その他の記録」をより幅広く解釈してくれることを願うばかりです。

米国の公文書館が素晴らしいと単純に賞賛するつもりはありませんが、公務員の、自分たちの仕事が歴史を作っているという意識、そのために後世に記録を残さなければならないという義務感、公文書は国民共有の財産であるとする理解、これらの点で諸外国と日本との差はなかなか埋められないのではと痛感します。

米国立公文書館のウエブサイトに「数字で見る国立公文書館」というコーナーがあり、こんな数字が紹介されています。

永久保存されている資料の内容について
135億枚の紙
725,000点以上の遺物
4億5000万フィート以上のフィルム、つまり約85,302マイル(地球をほぼ3.4周するのに十分な量)
4100万枚の写真
4,000万枚の航空写真
1,000万点の地図、チャート、建築・工学図面
330億件以上の電子記録(837テラバイト)

旧日本海軍の戦艦「大和」を捉えた米軍偵察機の写真は「4100万枚の写真」か「4000万枚の航空写真」の中にあるのでしょう。今回新発見の「大和」のカラーの動画は「4億5000万フィート以上のフィルム」の中にあったのでしょう。ウエブサイトをみるとこれらの資料を検索するためのシステムの改良が続けられていることがうかがえます。