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  • 2023.11.12

    新幹線の未来 ーー 久しぶりの「鉄分」

    新幹線の本の話から線路のゲージの話に広がってしまい、さらに、脱酸素社会を目指す世界的な潮流の中でも鉄道復権についても少し触れましたが、鉄道の役割の見直しについては、実は日本国内でも少しずつ声があがってきています。ここで日本の新幹線の話に戻ります。

    朝日新聞10月7日付朝刊を引用します。

    政府は6日、物流業界の人手不足を受けた関係閣僚会議を開き、トラックの代わりに船や鉄道で運ぶ貨物量を、今後10年で倍増(2020年度比)させる目標を定めた。再配達を減らすため、「置き配」を指定した消費者にポイントを付与する実証事業も行う。

    トラック運転手の労働時間規制で物流が滞るおそれのある「2024年問題」の対策として、「物流革新緊急パッケージ」をとりまとめた。具体策は今月中に策定する新たな経済対策に盛り込む方針だ。

    輸送方法をトラックから船や鉄道に切り替える「モーダルシフト」では、鉄道と10トントラックが共同で使える大型のコンテナの普及を進め、切り替えしやすい環境を整える。港や鉄道貨物の積み替え拠点などの施設の整備にも補助する。

    この「モーダルシフト」という考え方はかなり前から言われてきました。「鉄ちゃん」として期待もしましたが、残念ながらあまり真剣に検討されたことはなかったように思われます。ヨーロッパのように環境問題が「鉄道復権」を後押しするような潮流もあったのに、日本では採算のとれない鉄道地方路線の廃線、あるいは廃線の検討ばかりが進んでいます。そして何より、鉄道での貨物輸送が圧倒的に減ってしまいました。

    『国鉄―「日本最大の企業」の栄光と崩壊』 (石井幸孝、中公新書、2022年)

    筆者の石井さんは日本国有鉄道(国鉄)でディーゼル車両の設計などにあたった後、常務理事・首都圏本部長などを務め、1987年の国鉄からJRへの分割民営化にあたってJR九州社長となった方で、当初から条件が悪いといわれたJR九州の経営を軌道に乗せました。

    国鉄の長い歴史、そしてJRへの移行についてはたくさんの著作があります。時の政権のさまざまな思惑、国内最大規模の労働組合の存在など複雑な要素が絡むだけに、どのような立場の人が書いたかが重要になってきます。その点で石井さんは経営側と言えばそうでしょうが、豊富なデータを提示しながら、丁寧に説明をしています。各種書評でも好意的に受け止められているようです。

    その中で「鉄道貨物の栄枯盛衰」という1章を設けています。
    「貨物輸送における昭和35年度の鉄道貨物の分担率は39.0%もあったものが、昭和55年度にはわずか8.5%に下落している。この落ち込みの原因は主として自動車との競争に完全に負けてしまったことにある」
    「この貨物部門の膨大な赤字が、国鉄経営全体の経営悪化の大きな原因になっている」

    このような数字をみると、モーダルシフトと言われても「もはや不可能」と冷ややかに受け止められそうであり、簡単な話ではないと思います。

    石井さんは、日本鉄道の将来についていくつか提言しています 。その中で「新幹線物流」という提案をしています。端的に言ってしまうと、新幹線で貨物を運べばいいということです。

    東海道新幹線はリニア新幹線建設計画からわかるように、すでに輸送量は限界にきています。東海道新幹線建設時から貨物列車を走らせるという考え方はあったようですが、高速移動、乗客を増やすことを最優先させたため、退けられたようです。

    しかし、東海道新幹線以外を見ると、列車本数もそんなに多くはなく、そこを旅客輸送だけで使うのは、建設にかかって費用を考えても、もったいないのではないかというのが石井さんの指摘です。

    もちろん現在の新幹線の車両は乗客を乗せる設計になっているので、貨物輸送には適しません。しかし、軽い小さい荷物、短時間での輸送が期待される食料品などを今のままの新幹線車両に積んで運ぶ「貨物輸送」は車両の改造などは必要ないので、すぐにもできそうです。

    実際、JR東日本ではすでに、小口の荷物を新幹線で輸送する「はこビュン」サービスをすでに実施しています。石井さんはさらに発展させ、新幹線でのコンテナ輸送の可能性に言及し、著書ではそのイメージ図も載せています。

    国をあげてのモーダルシフトという考え方が本格化すれば、新幹線での貨物輸送の後押しになるかもしれません。鉄道の「新しい未来」が拓けるのかもしれません。

  • 2023.11.11

    レールの幅・ゲージ ⑤ ―― 久しぶりの「鉄分」

    そもそも鉄道のゲージの選択についてはいろいろな要素があります。ゲージが広ければ大きい車体でも安定するので、旅客、貨物ともに大量輸送が可能でスピードも出せます。しかし、大きい車体に合わせてトンネルや鉄橋なども大きく作る必要がでてきて費用も人手もかかります。また、それぞれの国がどこの国の鉄道技術に学ぶかによって異なります。建設工事を「指導」する国の技術者らは、とうぜん自分の国の基準に合わせろ、ということになるからです。

    北朝鮮とロシアのように国境で時々行き来するためにゲージの違いをどう解決するのかは、その時々の緊急性などで都度考えればいいわけですが、日常的に多くの人が行き来するとなるとゲージが異なれば結局乗り換えるしかありません。最終解決方法は、はい、山形新幹線、秋田新幹線の建設がその実例です。

    東海道新幹線はゲージ1453ミリメートルで造られました。その後の東北新幹線も同様で、その東北新幹線から分かれる形で山形新幹線、秋田新幹線が計画されます。利便性を考えるとこの両新幹線は東北新幹線と接続しないと意味がないし、さらには同じ駅で接続するだけでは乗り換えの手間がかかるので乗客には歓迎されない、できれば、山形、秋田新幹線区間を走ってそのまま東北新幹線に乗り入れて東京方面まで向かえるのが理想ではあります。

    しかし、東北新幹線の接続駅から東北新幹線と同じゲージ(つまり1453ミリ)で山形、秋田方面に新しい線路を引くとなると、そのための用地買収やら大変な費用とお金がかかり、開業時期がどんどん遠ざかってしまう。

    そこですでにある路線=在来線を利用すればいいというアイデアが出てきます。東北新幹線とは別の東北本線(在来線)の福島駅からは奥羽本線が山形方面に伸びていました、同じく東北本線の盛岡駅は在来線の田沢湖線と奥羽本線で秋田と結ばれていました。この在来線を新幹線の路線にしてしまえば、用地買収はいらないわけです。ところが、在来線のゲージは狭軌の1067ミリ、東北新幹線の新幹線車両が乗り入れることはできません。では台車交換、まさかね。

    それならゲージを変えてしまえ

    結論は「改軌」、つまり在来線のゲージを新幹線のゲージに合わせることにしました。在来線の線路を付け替えました。1067ミリが1543ミリに広がったわけです。これで大きな問題はクリアできたのですが、では東北新幹線の車両がそのまま在来線の福島・山形間に入り込んでいいか、盛岡・秋田間に入り込んでいいかとなると、そうはいかない、トンネルや鉄橋などは在来線用のままのサイズ、東北新幹線の車両は通れません。ゲージを変えただけでは終わらないわけです。かといってトンネルや鉄橋も造り変えるとなると、これもやはりかなりの費用と時間がかかる。

    ということで、福島・山形間、盛岡・秋田間を走れる新幹線車両を新たに造りました。東北新幹線の車両より小ぶりなので、山形新幹線、秋田新幹線を通称、ミニ新幹線などと呼ぶことになります。(福島・山形間、盛岡・秋田間を走れる新幹線車両はもちろん東北新幹線内を問題なく走れますが、ご存じのように、東北新幹線の列車と連結して走っています。福島駅、盛岡駅で切り離されてそれぞれの路線に入っていきます)

    さらに付け加えると、ゲージが変わった福島・山形間や盛岡・秋田間は新幹線車両だけが走るわけではありません。新幹線が停まらない駅もたくさん残ったので各駅停車用の電車が必要です。見た目は首都圏などでみられるタイプの電車ですが台車が広いゲージ用になっています。つまりこの電車は同じJRでも別の区間は走れないわけです。

    この「改軌」ですが、実はこの新幹線の時特有のことではなく、首都圏や関西圏の私鉄ですでに例があるのです。これ以上はマニアックなので、もうここらあたりで。

    余談ではありますが

    およそ100か国・地域で鉄道を取材してきたフォトジャーナリストの方と、新聞社の企画で読者親子との北海道鉄道の旅をご一緒したことがあります。かっこよくいえば引率責任者ですが、「鉄ちゃん」であることを知っている心優しい部下がすべてお膳立てして、心よく送り出してくれました。

    鉄道資料が充実している小樽市総合博物館でのことだったと記憶しています。この方がリュックから取り出したのがメジャー(巻き尺)、そのメジャーを線路にあてて見せてくれました。外国に行けばいろいろなゲージの鉄道があり、それを確認するのが習慣になっているとか。「これ旅の常備品です」と。おそれいり、脱帽でした。

    ゲージの話のしめくくりとして。

  • 2023.11.10

    レールの幅・ゲージ ④ ―― 久しぶりの「鉄分」

    『将軍様の鉄道 北朝鮮鉄道事情』(国分隼人、新潮社、2007年)には、近年の北朝鮮の鉄道事情が書かれているのですが、「戦前の蒸気機関車」云々とありました。北朝鮮の鉄道の多くは戦前に日本が建設したものです。日清戦争、日露戦争で朝鮮半島への影響力を強め1910年の韓国併合で朝鮮半島を統治下におきます。その過程で半島内に鉄道が建設されていきます。

    資料編の「北朝鮮 鉄道略年表」からひきます。

    「朝鮮半島の鉄道史は日本の鉄道史でもある。1906年の京義線の開通から1945年の終戦まで、朝鮮総督府鉄道局と南満州鉄道が朝鮮半島の鉄道経営を担った」

    では半島の鉄道のゲージは? ここで先のロシアのシベリア鉄道とそれに対抗する日本・イギリスの鉄道建設の話が結びつきます。そう「標準軌」です。やはり資料で「路線一覧」が掲載されていますが、ごく一部の支線が狭軌なのをのぞいて、幹線はすべて標準軌1435ミリとなっています。

    ですから、第二次大戦後、朝鮮半島では韓国と北朝鮮の二つの国家が独立してものの、鉄道は標準軌鉄道がそのまま残り、使われました。北朝鮮とソ連・ロシアが友好関係にあってもすでに鉄道はあったので、ゲージの違いはいかんともしがたい、わざわざソ連・ロシアのゲージに合わせてつくりなおす(改軌)だけの必要性、経済的余裕はないということで、北朝鮮ロシアの国境を越える列車は「台車交換」が必要になるわけです。

    さて北朝鮮の鉄道となると韓国の鉄道にもふれないわけにはいきませんよね。もうここまで書いてきたのですぐに理解していただけると思いますが、韓国内の鉄道のゲージも標準軌です。ゲージは南北同じ。さらにいえば戦前は現在の北朝鮮内と韓国内を行ったり来たりする列車が当然あったわけです。それが朝鮮戦争を経て軍事境界線(国境)によって分断された状態になっています。

    2006年、北朝鮮と韓国との間で融和ムードが高まり、首脳会議をへてこの分断された南北の線路をつないで国境を越える列車を走らせようということなったのです。残念ながら実施前日、北朝鮮側から中止が一方的に通告されて実現しませんでした。

    『鉄馬は走りたい 南北朝鮮分断鉄道に乗る』(小牟田哲彦、草思社、2004年)

    筆者の小牟田さんは先に紹介した『「日本列島改造論」と鉄道』の筆者、海外の鉄道事情、鉄道乗車のルポなども多く手掛けている方で、韓国の鉄道に乗りながら南北に分断されたかつての路線に思いをはせます。「鉄馬」は列車のことです。

    発刊年からわかる通り、06年の分断されていた路線をつなぐという試みの前になりますが、その時点での韓国内でもっとも北朝鮮に近いところに設けられた都羅山駅を訪れるルポがあります。その駅の先は北朝鮮というわけです。この時点では線路は途切れているわけですが。

    「駅舎は想像以上に大きくて立派である。改札の前の待合室は広々として天井が高く、開放感がある」
    いつでも南北路線がつながり、列車が国境を越えることを見越した韓国側の意欲の表れなのでしょうか。

    「その展示物の中に、現在の終端部を写した写真のパネルがある。駅のホームからそれほど離れていない位置で途切れている線路の前に、ソウル、平壌それぞれまでの距離を示した簡単な立札が建てられている」
    「都羅山駅は非武装地帯への観光バスが立ち寄る新たな観光地となっていて、滞在中に次々と観光バスが駅前に発着し、待合室の中を見学する。板門店へ行く日本人の団体もやってくる」

    先日、北朝鮮の鉄道事情に参考になりそうな本を書棚で「発掘」していたらこの『鉄馬は・・』がありました。書き込みをみると読んだのは2004年、あらためてページをめくっていてこの都羅山駅のくだりが目にとまり、「ここ行っているよ」と思い出しました。2003年です。

    ここにあるように、友人と板門店ツアーに行った際に立ち寄っている、確かに駅はえらく立派、対照的に周辺は閑散としていた印象が残っています。そんな経験があったので、この本を購入したのかもしれません。

  • 2023.11.09

    レールの幅・ゲージ ③ ―― 久しぶりの「鉄分」

    どこの国・地域の鉄道のゲージが共通なのか、逆に、国・地域が隣接しているのにゲージが異なるのはなぜなのか。このようなゲージが国際関係、さらにいえば世界史の理解を深める補助線になります。『鉄道ゲージが変えた現代史 列車は国家権力を乗せて走る』(井上勇一、中公新書、1990年)はその典型としてロシアのシベリア鉄道とイギリス・日本との関係をとりあげた著作です。

    筆者の井上さんは大使館勤務も経験されている外交史の研究者。まず本の紹介には
    「当時、鉄道は国家の勢力範囲そのもので、どのゲージを選ぶかは国家的重大事であった。本書は、一九世紀末から日露戦争、満鉄建設、第二次世界大戦に至るアジア現代史を、鉄道ゲージを通して検証する」
    とあります。どうです、こんな視点で歴史を見る、大変興味深いと思いませんか。

    さて、ロシアのシベリア鉄道がユーラシア大陸の西端、中国や朝鮮半島近くまで到達したことによって、中国に進出していたイギリスや朝鮮半島、中国東北部に勢力を伸ばそうとしていた日本はいよいよロシアを警戒することになります。

    ロシアがシベリア鉄道を国の西端まで敷くのは国境警備、あるいは国境を超えて他国に侵略するための軍事輸送がその目的であるとイギリスも日本も考えました。そのイギリスも日本も同様の理由で、ロシアとの国境まで鉄道を敷く必要性が高まります。その鉄道のゲージをどう決めるか、ということになります。

    シベリア鉄道は5フィート(メートル法で1524ミリメートル)の「広軌」、イギリスと日本はロシアとの国境に近い中国東北部(いわゆる満州)、朝鮮半島に4フィート8インチ半(1435ミリ)の標準軌の鉄道を敷きます。国境をはさんで両側の主要鉄道のゲージが異なることになったわけです。というかあえて異なるようにした。

    ロシアとイギリス・日本が戦うことになってロシアが優勢としたら、シベリア鉄道経由で共通のゲージで兵士、武器がどんどんイギリス・日本側に入ってきてしまう。もちろん逆の情勢になればイギリス・日本側にとって共通のゲージは有利になるわけですが、あえてそのリスクは負わない、ということでしょう。

    「シベリア鉄道と、それとは異なるゲージにより日英両国の建設した鉄道との対抗関係は、ロシアと日英両国との間に東アジアにおけるそれぞれの勢力範囲をめぐる抗争を提起してきた。ここにシベリア鉄道が東アジアの国際政治を動かす要因となった背景があり、今世紀初頭の東アジア国際政治において、日英両国(標準軌)対ロシア(広軌)という日英同盟の成立する基本的枠組みがあったと考えられるからである」

    なお、イギリスと日本は標準軌を選んだということですが、日本国内(列島)の鉄道は狭軌で、その点では共通点がありません。大陸にいちから新しい鉄道を敷くということで、高速大量輸送がしやすい標準軌を選んだのでしょう。大陸・朝鮮半島と日本列島が海で隔てられているので、列島の狭軌と「つなぐ」ことがそもそもできないという、わかりやすい理由ももちろんです。

    『将軍様の鉄道 北朝鮮鉄道事情』(国分隼人、新潮社、2007年)

    いや、こういう本があるんです。決してふざけた本ではありません。ここでいう将軍様は北朝鮮の現在の最高指導者(この方も将軍ですが)の父親です。筆者はトラベルライターで「筆者紹介」には「鉄道ファンにとって最後の秘境である北朝鮮の鉄道にも乗車しており、関連資料の収集は随一である」とあります。

    確かに豊富な写真や地図、「国家機密」ともいわれる時刻表などを掲載、また将軍様の専用列車の編成図も載っているのにびっくり。実際の列車の写真をもとに客車の特徴をみてとって、何両目におそらく将軍様が乗っている(貴賓室車両)、また、この車両は警備員用などと推定しています。
    「(北朝鮮の路線の)設計上の最高速度は時速150キロメートルとも180キロメートルともいわれているが、実際にはこのスピードで走ることはない。(略)常に40キロ~60キロ程度の低速走行が義務付けられているからともいわれる。もっとも国内路線の場合、路盤整備が行き届かないことから、実際にスピードを出し過ぎると脱線の危険が伴うという、切実な現状があることも忘れてならないだろう」

    時速150キロにしても、現在の日本国内の在来線電車特急の最高速度にほぼ匹敵するので、機関車がひっぱる将軍様専用列車ではまずありえず、後段の路盤整備への不安が低速運行の理由でしょう。

    「はじめに」にはこうあります。

    「21世紀になって暫く経ったある年、私は中国北京から列車に乗り、北朝鮮に入った。鉄道の置かれた状況は、聞きしに勝るものであった。中国国境から平壌まで僅か225キロメートルになんと5時間もかかるのである。戦前の蒸気機関車の時代でさえ4時間15分で走っており、北朝鮮の鉄道は停滞するどころか、退化していたのだ」

    国分さんが乗車した正確な日時は書いていませんが、ここ十数年の北朝鮮の軍事強化一辺倒、国内経済の停滞を考慮すると、鉄道事情がよくなっていることはまず考えられません。今回の最高指導者(将軍様)のロシア訪問で走った路線もほとんど同じ状況だったと考えていいでしょう。

  • 2023.11.07

    レールの幅・ゲージ ② ―― 久しぶりの「鉄分」

    では、そもそもなんで鉄道のゲージが異なるのか、おおもとのところを整理します。

    まず、日本の新幹線のゲージ1435ミリメートルは一般的に「標準軌」(standard gauge)と呼ばれます。1435ミリメートル、メートル法だとえらく「半端」な数字に聞こえますよね。鉄道発祥の地、イギリスで長く使われた長さの表記だと4フィート8インチ半、うーん、これでも「半端」な感じ、もっときりのいい長さにしたらいいのに、と同じ思い。

    『鉄道ゲージが変えた現代史 列車は国家権力を乗せて走る』(井上勇一、中公新書、1990年)

    初めに、鉄道ゲージのあれこれがコンパクトにまとめられているので、引用します。

    鉄道がイギリスで初めて敷かれた時のゲージが4フィート8インチ半(1435ミリ)、その理由については
    「鉄道工学上の科学的根拠にもとづくものではなく、蒸気機関車を考案したスティーブンソンがたまたまこの幅を蒸気機関車のゲージとしたからであった」
    とあっさり。とはいえ、古代ローマの戦車の軌間と同じともいわれていて
    多分に歴史的な経験から割り出されたもの」
    と含みは持たせてはいますが。

    イギリスでも最初は私鉄ばかりで、それぞれの会社が独自のゲージで鉄道を敷いていったものの、やはりゲージが共通のほうが便利ということで、徐々に4フィート8インチ半に統一されていったとのこと。そして1846年、イギリス政府はこのゲージを「標準軌」と定めます。これは今でも世界中で使われる用語で、これよりゲージが広いと「広軌」、狭いと「狭軌」と呼ぶことになります。

    「ゲージが異なる二本の鉄道が接続する場合には、その二本の鉄道は接続地点で不連続な状態となり、そのままではその間の相互乗り入れができないなど、経済効率の上からはきわめて不都合になるからである」
    西ヨーロッパではスペイン、ポルトガルを除いてゲージは標準軌に統一されているものの東ヨーロッパ、ロシアはそうではなく、
    「第一次世界大戦の独ソ講和条約が締結されたブレスト・リトウスク(ソ連・ポーランド国境、ソ連側)では、東(ソ連側)からは広軌の鉄道が、また西(ポーランド側)からは標準軌の鉄道がきており、そこを通過する列車はゲージを合わせるためにクレーンにより車体を吊るして台車の交換を行っていたという」
    そっか、ソ連がロシアになったとはいえ、「台車交換」、これって“お家芸”かも。逆に言えば、こんな歴史があるので、北朝鮮からロシアに列車が入る際に台車交換することに抵抗がないのかもしれません。

    ロシア、北朝鮮の間の話だけではありません。

    ロシアのウクライナへの進攻に対して、ヨーロッパの国々がウクライナに武器支援を行っていますが、大量に武器を運ぶのにはやはり鉄道がいい、ところが、ウクライナの鉄道のゲージとヨーロッパの国のゲージは同じではないので、両国の鉄道が国境の駅で接続していても、列車がそのまま通過することはできないのです。結局、貨物を積み替えるか、このように台車を換えてまで「直通」させるかという選択になります。

    ではウクライナの鉄道のゲージはというと、ロシアと同じなのです。旧ソ連時代の連邦構成国同士だったので、たくさんの列車がロシア・ウクライナ間を行き来していたのでしょう。こんな面からもロシアのウクライナ侵攻の歴史的背景がうかがわれます。

    ところが、その国同士が一転して仲が悪くなるとどうでしょう。隣接の国に攻め込むとき、ゲージが同じだと鉄道列車で直通し、大勢の兵隊や武器を送り込みやすくなります。共通のゲージが一転して危険な要素になってしまいます。

    もともと友好国だったならばやむをえませんが、隣接する国・地域を危険視するならば、最初から「防衛」のためにあえて異なるゲージで鉄道を敷く、という選択が出てくるわけです。(国境の駅がそれぞれの国にあって線路が直接つながっていなくても、国境をはさんで駅間距離はおそらく短いので、短期間の工事ですぐに線路をつなぐことができます)

    そうなると一つの疑問が湧いてきます。北朝鮮とロシア(ソ連)って友好国のはず、首脳会談しているわけですから。それなのに、それぞれの国のゲージが異なるのはなぜ、ということですね。

  • 2023.11.06

    レールの幅・ゲージ ① ―― 久しぶりの「鉄分」

    最近、鉄道にかかわる気になるニュースがいくつかありました。「読み鉄」「歴史鉄」からさらに広がる話ですが、こういうところに関心を持つ「鉄ちゃん」もいるということで、おつきあいを。

    9月に北朝鮮の最高指導者がロシアを訪れ、プーチン大統領と会いました。この時、北朝鮮から列車で国境を越えてロシア入りしました。外国訪問に列車を利用するのはこの最高指導者の一族の「伝統」で、それ自体に驚きはないのですが、そのことをとりあげた記事の中に「鉄ちゃん」ならニヤッとする部分があったのです。

    列車ならたくさんの随行員が乗れますし、記事では、複数の列車を同時に走らせるとどの列車に最高指導者が乗っているかわからないという安全面の利点をあげていました。列車の「影武者」ですね。

    ではこの列車、スムーズに国境を越えられたのか、もちろん両国は友好関係にありますし、VIPですから税関での申告や入国管理でのパスポートの提示もありません。ところが、北朝鮮国内では線路の老朽化が激しくて列車があまりスピードを出せない、そしてようやく国境に差し掛かった時、列車の台車交換に時間がかかった、というのです。

    列車の「台車交換」といわれても、これは「鉄ちゃん」でないと何のこと、でしょう。

    日本民営鉄道協会のホームページによります。

    「台車」とは輪軸(車輪と車軸)・軸受・軸箱・駆動装置・基礎ブレーキ装置などを一体的に収め、車両の下に取り付けられている走行装置のこと。車両の下についている「車輪」と考えてください。鉄道は2本のレールの幅(軌間、ゲージ)が鉄道ごとに決まっています。当然そこを走る車両の「車輪」の幅はレールの幅に合わせてあります。ところが、北朝鮮の鉄道とロシアの鉄道の軌間・ゲージが異なっているのです。

    ではどう解決するのか。シンプルに考えれば、北朝鮮国内では北朝鮮の列車で移動し、国境の駅でロシアの鉄道の列車に乗り換えればいいわけですが、それでは、北朝鮮から列車にいろいろなものを積んでいった意味がない(積み替えが大変です)、北朝鮮の車両には最高指導者の部屋もあるでしょうから、そこでずっと過ごしたいわけです。さらにロシアが用意する車両に対して信頼がおけるのかという気持ちもあるでしょう。

    そこで報道にあるように、国境で「台車交換」をしたのです。つまり北朝鮮の車両の台車をロシア用の台車に交換する、具体的な作業内容までは書かれていませんが、北朝鮮の車両の車体部分だけをクレーンのようなもので持ち上げて、北朝鮮のゲージ用の台車をはずして、代わりにロシアのゲージ用の台車を結合させるという作業だと思われます。自動車のタイヤ交換する時に、ジャッキなどで車を持ち上げる、そんな感じですね。

    どうしてこんな推測ができるのかというと、実はヨーロッパでも国によってゲージが異なり、国境を越えて動く列車でこのような作業が近年まで結構行われていたのです。

    この作業を何両、あるいは十数両の車両で行うのですから、国境で時間がかかるのは当然ですよね。

  • 2023.11.04

    新幹線と政治 ③ 久しぶりの「鉄分」

    政治家と鉄道、あるいは新幹線となると、この人に触れないわけにはいきません。

    『「日本列島改造論」と鉄道』(小牟田哲彦、交通新聞社新書、2022年)

    「日本列島改造論」は田中角栄元首相の著書として1972年に発刊された政策提言集、実質は中央省庁の官僚が集まって政策をまとめたものということはよく知られていますが、首相就任時の田中人気もあって、政治家の書いた本としては異例ともいえるベストセラーになりました。

    タイトルにあるように、列島全域をどう開発(改造)していくかという提案をしているのですが、その開発のカギをにぎるのが高速道路網であり高速鉄道網、全国を短時間で結ぶ交通ネットワークで人の行き来、物流を盛んにすることが開発を後押しすると考えたわけです。

    高速鉄道網については、具体的にどの地方とどの地方を結ぶこのような路線、という例が多数示されました。田中首相の退陣、その後のロッキード事件で田中元首相が逮捕されたことなどもあってこの提言そのものも「無かった」かのようになっていきますが、実はここで示された高速鉄道網という考え方はその後も生き続けます。今日の新幹線網と見比べてみると・・・ということになるのです。

    新幹線・高速鉄道と政治とのかかわりでは最近、イギリスからこんなニュースが伝わってきました。

    10月初め、イギリスのスナク首相が同国内で進められている高速鉄道の建設について、費用の高騰を理由に縮小することを発表した、というのです。

    「High Speed 2」を略した「HS2」と呼ばれる高速鉄道で、首都ロンドンから中部バーミンガムの間を時速400キロで結ぶ計画、2026年開業予定で、これが第一期。さらに北のマンチェスターなどとを結ぶ路線が第2期とされ、スナク首相はこの2期は着工すべきでないと表明したようです。
    スナク首相率いる与党保守党は支持率下落の傾向にあり、来るべき選挙対策の色合いが強いようではありますが、どうなっていくのでしょうか。

    これが他人事ではないのは、日本の東海道新幹線初代のゼロ系車両から新幹線車両の製造を手掛けてきた日立製作所がイギリスの高速鉄道車両の製造や保守を請け負っているからです。

    世界に名だたる日本の新幹線を海外に「輸出」しようという動きは古くからあるのですが、新幹線と並び称されるフランスのTGV、さらに高速鉄道網が発達しているドイツなども高速鉄道システムそのものやその車両の輸出に力を入れており、日本の新幹線と競合することもしばしばなのです。

    それだけにイギリスの高速鉄道の先行きは気がかりなところではありますが、ヨーロッパでは脱酸素社会の促進のために電気自動車の普及が図られ、また大量の化石燃料を使う航空機の使用を減らし鉄道を見直そうという動きがすすめられてもいます。注目されるところですね。

  • 2023.11.02

    新幹線と政治 ② 久しぶりの「鉄分」

    「我田引水」という四字熟語は知られていますよね、自分の田んぼ(我田)の作物がよく育つよう、自分に都合のいいように水を引いてしまうことから、「自分の利益になるように、はからうこと」(三省堂国語辞典第7版)の意味で使われます。これをもじって「我田引鉄」という造語があります。そう、自分の利益になるように、「鉄」つまり「鉄道」を引いてしまうことを揶揄・批判する言葉として使われます。

    鉄道をどこに通すか、これは新幹線に限らず、明治に鉄道路線が全国に広がり始めた時からさまざまな逸話を残していて、その点では「我田引鉄」も結構古い言葉? なのです。それが新幹線でもやっぱり繰り返された、という言い方もできるでしょう。

    例えば「どこに駅をつくるか」についてはどうでしょう。

    新幹線の駅ができれば乗り降りで人が集まり、そこでの新たなビジネスを期待する人もでてくる、そんな人たちが政治家の熱心な支持者・後援者であれば、政治家はその期待に応えたい、つまり、国会議員ならば支持者のいる自分の選挙区に駅をつくりたいわけで、新幹線を建設する国鉄、JRに駅設置を働きかける、という流れになります。これが「我田引鉄」(我田=選挙区、鉄=新幹線)、あるいは「「我田引駅」ですね。

    さらにいえば、新幹線が通る場所(駅も)は土地を買い上げなくてはなりません。その土地所有者の収入になります。また、鉄道工事の仕事・雇用が生まれます。路線に関係する地域の土木建設業者らはその仕事を期待するでしょう。そんな人たちが政治家の支持者だったら・・・新幹線の路線がどこを通るかは、いろいろな人たちの利害がからみます。

    もちろん政治家が注文したからここに駅ができた、といったことを簡単に証明できるわけではありません。(そのような微妙な話を政治家本人が口外することはなかなかないでしょう)

    ただこの『新幹線全史 「政治」と「地形」で解き明かす』(竹内正浩、NHK出版新書、2023年)で考察されていてなるほどと思ったのは、国鉄・JRがさまざまな制約・条件を考慮して合理的に計画工事した路線、駅について、それがたまたま政治家にとって願ってもない形になったため、政治家があたかも自分の意見でこうなったかのように自己PRに使った、と推測している点です。つまり政治家が「伝説」をつくるのですね。

    「我田引鉄」は新幹線に始まったことではない、と書きました。そのものずばりの著作があります。

    『鉄道と国家 「我田引鉄」の近現代史』(小牟田哲彦、講談社現代新書、2012年)


    「狭い国土の中を実に多様な鉄道が走っている。その多様性は世界各国の鉄道事情に照らしても、大いに魅力的であるというのが、日本国内から世界各国まで合わせて地球二周分以上の鉄道路線に乗った私の所感である」(まえがきより)

    という筆者の小牟田さんは
    「政治家が鉄道政策に介入してその実現に助力したり政策変更に影響を与えたりしたとき、往々にしてその路線は「政治路線」などと揶揄される」
    と表現します、「我田引鉄」とほぼ同じ意味と理解していいでしょう。

    ところが筆者はさらに踏み込みます。
    「日本の鉄道は成立当初から政治的要素を強く帯びており、広義ではほとんどが「政治路線」と言っても過言ではない」

    そして、明治初期から具体的な政治家の名前をあげ、その政治家の影響を受けたといわれる路線を紹介していきます。

    『新幹線全史 「政治」と「地形」で解き明かす』の筆者、竹内正浩さんにはこれに先立つ著書があります。

    『ふしぎな鉄道路線 「戦争」と「地形」で解きほぐす』(NHK出版新書、2019年)

    こちらは新幹線以前、明治初期の鉄道建設黎明期からをとりあげます。副題の「地形」は共通していますが、ここでは「戦争」、つまり日本の近代は戦争が続きました、そのために必要とされた鉄道路線、駅などがあったわけです。

    軍部が路線決定に口を出したということは想像がつきますが、軍隊の中に鉄道を敷く技術を持った部隊があったということは、つい忘れがちです。例えば軍が侵攻・侵略した先で物資輸送のために急きょ鉄道を敷かなくてはならない、そのための技術を持つ部隊をあらかじめ用意しておくわけです。

    その部隊の訓練のための路線もあり、戦後、その部隊が無くなった後は一般の人が乗る鉄道として役立てられていることも紹介されています。通勤通学でその路線を利用している人(鉄ちゃんでない人)には「新鮮」な話題ではないでしょうか。

  • 2023.10.31

    新幹線と政治 ① 久しぶりの「鉄分」

    コロナ禍もまだまだ油断はできず、インフルエンザもはやりつつありながらも、少しずつ鉄道での移動の機会も増えてきて、そうなると「鉄分」の補給が必要になってきます。新聞の書籍広告で目に入った新幹線の本を読みました。鉄道本も久しぶりかと。もちろん、この手の本は相当読んではいるのですが、結構新たな「学び」がありました。

    そうそう「鉄分の補給」ってなんのこと、ですよね。「鉄ちゃん」(鉄道好き)の程度を表すのに栄養素の「鉄分」にひっかけて「鉄分が濃い」とか言ったりします。そのもじりです。覚えなくてもいい知識です。

    『新幹線全史 「政治」と「地形」で解き明かす』(竹内正浩、NHK出版新書、2023年)

    前にも少し書きましたが、「鉄ちゃん」にもいろいろなジャンルがあって「乗り鉄」「撮り鉄」「模型鉄」などは字で何となく想像してもらえそう。「読み鉄」はどうか、鉄道に関係する本を読むということでしょうが、鉄道が登場する、鉄道が舞台の紀行文学を読むことなども含まれましょう。では「歴史鉄」はどうか、鉄道の歴史を知る、学ぶ、といったところですが、それが「趣味?」と言われてしまいそうでもあります。

    ただ歴史に興味がある人、歴史好きにとっては交通の歴史を知ることはいよいよ「歴史」に深く入りこんでいくことになります。特に近現代史にとって交通・鉄道の歴史はかなり太い「思考の補助線」になると思います。

    例えば、なぜ東海道線が最優先で工事が進められていったのか、さらには意外にも北海道でいち早く鉄道が敷かれたのはなぜか、また特に私鉄の発展の要因として見逃せない寺社参拝などがすぐにあげられます。戦争での兵士の移動・武器の運搬を最優先と考えたこと、経済発展のカギを握る石炭の採掘と積み出しの必要性など、政治経済分野だけでなく文化、生活の歴史に深く関わっています。

    ということでこの新幹線全史です。新幹線の歴史については戦前の弾丸列車構想から叙述される点は他の類書と同じで、「全史」となると当然のことではあるのでしょうが、副題にあるように、この本では、どうしてそこに路線が引かれたのか、どうしてそこに駅があるのか、そこには「政治」と「地形」が影響しているという視点で書かれているところが面白い。

    最初の新幹線、東海道新幹線の前身ともいえる弾丸列車構想は、戦前から列島の大動脈であった東海道線の輸送量が限界になり、それを補う必要があった。さらには植民地だった朝鮮半島、その先の中国大陸(特に東北部)へのアクセスの向上、つまり短時間で行き来したいので高速列車が欲しいという理由も加わって、もう一つの東海道線が計画され、一部で用地確保やトンネル工事も行われたのですが、第二次世界大戦・太平洋戦争でそれどころではなくなりました。

    東海道新幹線は、かなりの部分がこの戦前の計画による土地を通ることにしたため、用地確保の時間、工事期間も短くてすみました。それでも、すべてが戦前のプラン通りとはいかず、細部でどこに線路を通すか、どこに駅をつくるかはやはりもめたわけです。このあたりを、東海道新幹線はじめ各新幹線の路線に沿って記録をひもとき、丁寧に検証していきます。

    新幹線のような「高速列車」を走らせるにはどのような路線であればいいか、整理してみます。

    ①出発地と終点をできるだけ直線で結ぶ(線路が曲がってばかりいたらスピードが出せない)
    ②駅は少ないほどいい(停車時間が増えれば終点まで余計に時間がかかる)
    ③線路の登り降りはできるだけないほうがいい(登りはどうしても速度が落ちる)

    などがあげられるでしょう。
    ところが、それぞれについて制約があります。

    ①東海道新幹線で東京大阪間を結ぶ場合はどうでしょう。日本地図を思い浮かべてもらえばいいのですが、簡単に直線で結ぶことはできませんよね。
    ②途中駅がないとお客さんが乗らない、さらには駅は便利なところにないと、やはりお客さんが乗らない。経営がなりたたなくなります。
    ③山が多い日本列島、多くの路線が山を越えなくてはなりませんが、そうなると登りが多くなる。それを避けるにはトンネルで山を貫通してしまえばいい。しかし、トンネルも地盤や地質によっては工事が難しい場所があり、どこでもいいというわけにはいかない

    これらの制約の中で、いわばバランスを取りながら、路線を決めていくことになるのですが、これがタイトルにあるところの「地形」であり、さらにここに「政治」がからんできてさらに面倒になるわけです。

    ここまで本1冊ですでにこの長さ、「鉄分」が入ってきてキーボードをうつ手がとまりません。マニアックにならないよう気をつけ、社会情勢、国際情勢とからめながら続けます。こんな「鉄ちゃん」もいるということで、しばしお付き合いを。

  • 2023.10.30

    中国史のキーワード 「塩政」その②

    ヒトが生きていくために「塩(塩分)」は欠かせないことは言うまでもありません。しかし中国のような内陸に領土が広がる国では、沿岸部で手に入る塩を内陸の奥まで運ばなければ、広い領土でたくさんの人が暮らすことはできません。その塩を運び売る商人は裕福になるでしょう、そうなると王朝はそこから税金を取ることを目論むことになっていく。つまり「塩」がお金を生み、国の財政に深くかかわっていくわけです。

    税金をとるためには、その販売を管理下に置かなければならない、それが「専売制」となる、一方で塩の売買はもうかるので、管理下外で塩の売買に手を出す密売も横行する、といった具合、この密売組織が秘密結社となって王朝に歯向かい、ある時には王朝を倒してしまう。

    『中国塩政史の研究』(佐伯富)からひきます。

    「塩の専売が施行され、清朝が滅亡するまで一、一五五年に亘って塩の専売が実施された。塩の専売制が継続して実施された時代が、中国では独裁政治の時代であった。世界の歴史において、これほど長く塩の専売が継続して実施されたことは、他に類例がない。これが中国社会に諸種の影響を与え、特殊な性格を附与したのである」

    「宋代以後、近世中国社会では反乱の多いことが一つの大きな特色である。それは多くは塩の密売に従事する秘密結社の蠢動によるものであった。近世中国社会において、王朝の創立者に秘密結社の統領が多かったことは、これを示している」

    「独裁君主は塩の専売収入を財政の一つの支柱としたが、秘密結社の塩利収入も政府の全歳入の約四分の一に当たると推定される」

    「中国社会とくに近世中国社会の性格を究めようとすれば、塩政の研究が重要な手掛かりを提供する。ここに塩政研究の重要性が存する」

    どうでしょう、先に紹介した著作で、中国の歴史を通観する上でのキーワードの一つが「遊牧民」という指摘がありましたが、この「塩政」「塩」も重要なキーワードではないでしょうか。

    そして恩師へ

    この佐伯さんの先生が京都大学の中国史、アジア史(京都大学では東洋史という言い方ですが)を代表する研究者である宮崎市定さん(1901~1995)です。『中国塩政史の研究』でも宮崎さんからの学びに感謝する記述があり、その論文・著書があちこちで引用されています。

    宮崎さんのよく知られた著書に『科挙 中国の試験地獄』 (中公新書、1963年)があります。中国独自の役人選抜の仕組みを丁寧にわかりやすく説明したベストセラーで、かつての世界史の授業では必読書のように薦められた本ではないでしょうか(今も薦められているとしたらすいません)。
    そうそう、いまふと気づいたのですが、この「科挙」つまり「官僚制」も中国史を通観するうえでのキーワードの一つと言えるかもしれません。

    その宮崎さんの幅広い中国史研究の中でやはり「塩政」についてもたびたび言及しているようです。

    また宮崎さんは独自の時代区分論を展開し、定説というか従来の時代区分論の学者との論争を展開したことでも知られています。このブログでもたびたび紹介している井上章一さん『日本に古代はあったのか』(角川選書、2008年)でその論争に言及していたことも思い出しました。

    そこで宮崎さんの著作に思いが広がります。著書をさがしたら『中国史』(岩波文庫、上下巻)がそのあたりをわかりやすく書いているようです。井上さんも『日本に古代はあったのか』の中で、宮崎さんの本で最初に読んだのはやはりこの『中国史』だったと書いています。20歳代のなかばごろだったとか。
    文庫ですし、すこしめくってみるか、とついこちらも購入してしまいました。また「積読」が増えそうです。