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  • 2023.12.08

    「東京新大阪間の通勤を認める」とのニュース

    8日の東京新聞朝刊に「えっ」と目を引くニュースが載っていました。JR東海が、社員が通勤できる範囲を東海道新幹線(東京―新大阪)の全区間に拡大することを明らかにした、というのです。これによって東京―新大阪の通勤が可能になるそうです。仕組みまでは知りませんが、この区間での通勤にきちんと手当を出すということですね。

    記事ではその理由として、望まない単身赴任をなくすこと、があげられています。例えば東京で家族で暮らしていて、人事異動で関西圏で仕事をすることになった、家族を残しての単身赴任でなく、新幹線で東京の家から通っていい、ということになるのかと。

    東海道新幹線「のぞみ」の東京新大阪間の所要時間は約2時間30分、これは駅から駅の話で家と働く場所によって通勤時間はこれにプラスアルファがあるわけです。他社のことで余計なお世話ですが、どうでしょう、これだけではなかなかですよね。

    一方で記事には、通勤時に新幹線の車内で働くことも認める、ともあります。副業許可、まさか、ちょっとわかりにくいので他の新聞をチェックしました。

    日本経済新聞のウエブ版は
    「JR東海は社員が新幹線や特急を使った通勤中に仕事をした場合も、勤務時間として扱う制度を導入する方針を固めた。東京―新大阪間の新幹線通勤も認める」
    という書き方をしています。

    うん、こちらの方がJR東海のねらいがはっきりしていると思いました。

    つまり新幹線に乗っている時間を通勤時間とすると、通勤時間は決められた勤務時間には入らないので、働く人の拘束時間はさらに長くなるわけです。それでは、いくら通勤が認められても(通勤手当が支払われても)、なかなか利用はしにくいですよね。

    そうではなくて、新幹線に乗っている時間も勤務時間とする、ということ。車内でもオンラインなどを活用することでオフィスと同じように仕事ができる状況になっている、という判断なのでしょう。実際、東海道新幹線車内はWi-Fi環境が整えられつつあります。やはり報道は複数チェックすることが大事です。

    ちなみに記事では、現状で通勤が認められているのは東京―豊橋、新大阪―浜松などだそうです。前に書きましたが30年ほど前、新聞社で働いていた時にJR東海の方とよく会っていました。東海道新幹線の三島駅のすぐ近くに会社の寮があってそこから新幹線通勤していると聞いて驚いたことを覚えています。

    ただ、そのころでも三島東京間は「こだま」で1時間くらい、寮(自宅)も駅そば、仕事場も駅そばなら、通勤時間は都内で働く多くの会社員とさほど変わらない、むしろ短いかもと、妙に納得してしまいました。もちろん通勤手当が出るという前提ですよ。

    それが、東京でいえば豊橋まで伸びていたわけですね、そして新大阪まで、もちろん「のぞみ」もスピードアップしているという変化はあるにしても、です。

    そういえば、ネットで検索した記事の中には、今回のJR東海の判断はリニア新幹線開業を見据えてみたいに書かれたものもあり、またまたびっくり。確かにリニアができれば東京名古屋間が40分くらい、名古屋も首都圏の通勤圏というのがうたい文句ではありますが、かなり気が早い。

  • 2023.12.07

    祝 第一位 『可燃物』

    週刊文春年末恒例の「ミステリーベスト10」が最新号(12月14日号)で発表されていました。今年で47回目という「伝統」のベストテン、国内部門第1位は米澤穂信さんの『可燃物』だそうです。

    10月24日のこのブログ「忘れていました はまる警察・推理小説作家 ②」で紹介しました。「今年のミステリ小説の中でかなりの評価を得るであろう作品です」と、えっへん(自慢するような話でもないですが)

    ちなみに米澤さんのベスト1獲得は『満願』(2014年)、『王とサーカス』(2015年)、『黒牢城』(2021年)に続いて4回目だそう。

    『可燃物』は文藝春秋社からの発行ですが、このベスト10はミステリー作家や評論家、書店員さんらのアンケートによるものなので、「身内びいき」ではありません。

    以前はこのベスト10を毎年参考にして、未読作品をあわてて読んだものですが、最近はミステリー小説を読むことも少なくなってきて、今年のベスト10のうち国内部門で読んだのはこの『可燃物』だけでした。海外部門においてはゼロ、というかジャンルとして今年はほとんど読んでいないので。

    ということで、ランクインした作品を「遅まきながら手を出してみるか」とは思うのですが、またまた「積ん読」が増えるだけなような予感もして。

  • 2023.12.06

    脳はまちがえていい⑤ 毎日出版文化賞の過去受賞作の2

    「毎日出版文化賞」の過去の受賞者・受賞作品、さらにさかのぼります。

    2020年受賞  『追いついた近代 消えた近代――戦後日本の自己像と教育』(苅谷剛彦、岩波書店)

    戦後日本の教育政策の変遷をたどります。社会階層と教育との関係についての先駆的な研究で知られる苅谷さん、『学校って何だろう』(講談社、ちくま文庫)は中学生、高校生にはぜひ。

    2020年受賞 
    『ものがたり西洋音楽史』(近藤譲、岩波ジュニア新書)
    『ものがたり日本音楽史』(徳丸吉彦、岩波ジュニア新書)

    西洋と日本とセットで、ということですね。「岩波ジュニア新書」の、難しいことをわかりやすく説明する、それでいて手を抜かないというところは、いつも感心させられます。この受賞作品に限らず、ついつい購入してしまいます。

    2017年受賞 『ゲンロン0 観光客の哲学』(東浩紀、株式会社ゲンロン)

    難解な本だったという印象、改めてページをめくり直しても、なかなかすぐには頭に入ってきません。

    「人間が豊かに生きていくためには、特定の共同体にのみ属する「村人」でもなく、どの共同体にも属さない「旅人」でもなく、基本的には特定の共同体に属しつつ、ときおり別の共同体も訪れる「観光客」的なありかたが大切だ」

    かねてからこのように主張してきた東さんが「観光」について論を進めます。確認すると、こんなところにアンダーラインがひいてありました。

    「二一世紀の新たな抵抗は、帝国と国民国家との隙間から生まれる。それは、帝国を外部から批判するのではもなく、また内部から脱構築するのでもなく、いわば誤配を演じなおすことを企てる。出会うはずのないひとに出会い、行くはずのないところに行き、考えるはずのないことを考え、帝国の体制にふたたび偶然を導き入れ、集中した技をもういちどつなぎかえ、優先的選択を誤配へと差し戻すことを企てる」

    「ぼくたちは観光でさまざまな事物に出会う。なかには本国ではけっして出会わないはずの事物もある」
    と書いてもいます。予期しない出会い、コミュニケーションが社会を世界を変えていく力になる、と読んだのですがどうでしょう。

    2012年受賞 『河原ノ者・非人・秀吉』(服部英雄、山川出版社)

    出自がはっきりとしない豊臣秀吉について、かなり大胆な説を提示し、ある種センセーショナルに受け止められた著作です。この著作も受賞発表前に読んでいるので、「受賞を機に手にとった」という趣旨には適合しないのですが。

    「本書は主として中世史の観点から差別の歴史を叙述する」とあり、筆者が発表した論文を再構成するなどしてまとめられています。そして
    「天下人秀吉を賤の視点からとらえ直す。少年期の賤の境遇を脱して、貴の頂点に達した男、関白秀吉を考え直す」

    とします。「はじめに」から引用します。

    「秀吉(藤吉郎)の実父はわからない。父とされる木下弥右衛門は架空の人物で、秀吉はいわば父のない子である。義父筑阿弥と折り合いが悪く、放浪していた。路上の少年(ストリートチルドレン)として生きるしか、すべてのない秀吉幼少時の環境を、フロイス『日本史』や同時代人の記述によりつつ考える。彼は非人村(乞食村)に入るほかはなかった」

    この後、この視点を追いかける研究、あるいは反論があったのかどうか、ただの歴史本好きの範囲では確認しきれないのですが、秀吉や戦国時代をとりあげた一般向けの本でも、服部さんのこの著作がしばしば引用されているのは目にします。

  • 2023.12.05

    脳はまちがえていい④ 毎日出版文化賞の過去受賞作の1

    「毎日出版文化賞」の2023年度受賞者・受賞作品のひとつ「まちがえる脳」について書いてきましたが、過去の受賞者・受賞作品でこれまでに読んだ何冊かを。

    2022年受賞 『大久保利通 「知」を結ぶ指導者』(瀧井一博、新潮選書)

    大久保利通は学生時代の専攻からして避けて通れない政治家でり、その後も評伝などいろいろ読んではきましたが、大久保研究の近年の一つの到達点とも言われた著作です。読んだのは22年8月の書き込みがあり、受賞が決まる前かと。今回、改めてページをめくってみました。

    薩摩藩士時代から倒幕を経て岩倉使節団の一員として欧米を回り、帰国後のいわゆる「明治6年政変」、台湾出兵、西南戦争と大久保の生涯を丹念に追う力作です。では、瀧井さんのどのような切り口で大久保をとらえなおしたのか。

    まず大久保が従来、研究者らによってどのように描かれてきたのかをおさえます。

    「多くの政敵を追い落としながら、彼は明治政府の実権を掌握し、大久保政権と呼ばれる有司専制の体制を築いた。絶大な権力をほしいままにして彼が追求したのが、富国強兵と殖産興業の明治国家の二大政策であり、今日ふうに言うならば、大久保は権威主義体制下で開発独裁を推進した国家指導者の典型となろう」

    その大久保像への異なった見方が近年出てきているとし

    「政治家としての大久保利通の評価はいま大きな見直しを迫られている。(略)本書において新しい大久保像をデッサンしてみたい。(略)当時の様々な政治的勢力や政策的意見を媒介し結び合わせ、国家としてのひとつの大きな政治的潮流と制度的まとまりを造形したのが大久保だったのではないか、とのイメージである」

    「本書で論じられる大久保とは、普段は人々の後衛に立ってそのまとまりに腐心し、何か事があった場合には前面に出て皆を導こうとしたそのような政治的リーダーである」

    そして副題にある「知」を結ぶ指導者、との意味合いについては

    「大久保を「知の政治家」とここで称しようとするのは、彼が知ないし知識の機能というものをまさに弁えていたと目されるからである。知の機能とは何か。本書はそれを、地縁や血縁といった直接的な人間関係とは異なる、人と人との新しいつながりを生み出すものと捉えたい。大久保は知を通じてのネットワークの形成に並々ならぬ関心を寄せ、そのようなネットワークから編み出された、知識の交換と交流を成り立たせるためのフォーラムを作ることに腐心していたというのが、筆者の見立てである。大久保にとって国家とは、そのようなネットワークであり、ファーラムだった」

    このあたり引用していて、現代の政治家にもっとも求められている資質ではないか、と思いました。おそらく瀧井さんもそう考えたのだろうし、そこを感じ取った方々がこの著作の今日的意味を高く評価したのでしょう。

  • 2023.12.04

    脳はまちがえていい ③

    「毎日出版文化賞」の受賞者・受賞作品『まちがえる脳』(櫻井芳雄、岩波新書)発表にあたって審査員で情報学者の西垣通さんが以下のような評を寄せています。

    「かぎりなく複雑で、未知の謎に満ちている脳。――安易な断定を避け、その謎の解明に向けて一歩ずつ地道な実験研究を積み重ねていく、著者の研究者魂に脱帽したい」

    櫻井さんの本を読んで脳にはまだまだ謎、未知が数多く残されているということは、いやというほどわかりました。それに挑む研究者はすごいと思います。一方で、そんな簡単に解明できるのだろうかと絶望的になるような難問でもあるようにすら感じました。でも、です。

    ノーベル賞について以前少し書きましたが、免疫の研究で生理学・医学賞を受賞した利根川進さんはその後、脳の研究にシフトしていきます。利根川さん自身がその理由についてどう語っているのか、著書をめくってはみました。

    『私の脳科学講義』(利根川進、岩波新書、2001年)

    ノーベル賞を受賞(1987年)したすぐ後の著作です。取り組んでいた脳研究について説明していますが、「生物学の中で遅れをとってきた脳研究」として、ノーベル賞につながった分子生物学にもとづく研究と比較しています。

    「精神機能に関する生物学は、ひじょうに遅れをとっています。二一世紀においては、この精神の生物学、つまり脳の研究が大発展を遂げるであろうと、私たちは考えています」

    利根川さんが受賞時在籍していた米国マサチューセッツ工科大学(MIT)の利根川研究室の若い研究生(名前は失念してしまいました)に、京都で開かれた学会の場で話を聞いたことがあります。受賞の数年後でした。

    やはり脳の研究をしているとのことで、「どうして脳なんですか」とストレートに質問しました。その答え「だって、わからないことばかりだから。楽しいじゃないですか」と。その率直で迷いのない返事が何ともまぶしかったことをよく覚えています。

    利根川さんは『私の脳科学講義』でこんなふうにも書いています。

    「いまのところは、有能な若い科学者や学生がわたしのところへ応募してくるんですよ」

    「わたしは、一九九〇年、五〇歳くらいのときに、脳科学の研究を始めたわけです。でもわたしなりのストラテジー(戦術)、新しい攻め方に気がつかなければやっても意味がない。わたしの研究室が投じた新しい攻め方に価値があって、脳科学における中心的問題を新しい角度から研究していく道が開けた。その攻め方が役にたつから、優秀な若い研究者が応募してくるのだと思います」

  • 2023.12.02

    脳はまちがえていい ②

    『まちがえる脳』の中で櫻井芳雄さんが繰り返し強調するのは、脳についてはまだわからないことだらけということです。

    「本書の目的は脳の実態を伝えることであるが、同時に、AIは脳に近づき心が宿ると信じている研究者のように、脳はもうわかっている、という誤解を解くことも目的にしている」

    そこで、脳を安易にコンピュータやAIと比べたりするような研究に対してきちんと反論するわけです。さらに「迷信を超えて」という一章をもうけてもいます。例えば、大脳の左半球と右半球は働きが異なる(半球機能差がある)という「説」をとりあげます。

    「左脳人間と右脳人間に分けたり、論理能力を高めるため左脳を鍛え、感性を高めるため右脳を鍛えます、などとうたうビジネスも生まれたりしている」
    これに対しては
    「そもそも論理や感性が脳のどこで処理されているのか、ほとんどわかっていない。左脳と右脳のどちらかがかかわっているという証拠もない」

    また、女性と男性の違いを脳の大きさや働きで説明しようとする「男脳女脳神話」についても明快に否定します。
    「個人の脳をジェンダーで区分すること、つまり男性脳と女性脳に二分することは不可能で、また意味がないことがわかる」

    「脳は10パーセントしか使われていない」という説を「10パーセント神話」と仮に名付けます。
    「「あなたの使われていない潜在的な脳の力を引き出す」という宣伝文句を謳う能力開発セミナーも存在する。この迷信はすでに20世紀初頭から存在しており、もはや古典ともいえる」
    「脳は、寝ているときも起きているときも、常に全体が休みなく活動している」

    このあたり、個人的には以前から「胡散臭い」と感じていたこともあったので、読んでいて痛快でした。

    では現在、脳の研究はどこまで進んだのかということになります。「まとめ」に入らなければなりませんよね

    「これまでの脳科学は何が問題だったのだろうか? それは多分、脳という多要因の相互作用からなる動的な構造体を、個々の要因が独立して働く静的で機械的な構造体として理解しようとしてきたことかもしれない。ニューロン、神経伝達物質、遺伝子のような個々の要因がそれぞれ特定の機能を担っていると仮定することや、特定の部位と特定の機能の一対一の対応を見つけようとしてきたことが問題であった」

    「脳の教科書を見ると、ある機能はある部位が担当していると書かれている。(運動や視覚、記憶など)ほぼすべての機能それぞれを脳の特定の部位が担当しているということであり、それを機能局在と呼んでいる」

    「たしかに個々の部位も個々のニューロンも、それぞれある程度は異なる機能を分担しているのかもしれない。しかし、それぞれが独立して働いているはずはなく、脳全体の中で働いてこそ、初めてその機能が発揮できるのである。(略)単純な役割分担による機能局在が脳の特性であるという考えは、人にとってわかりやすいシステムを脳に投影しているにすぎない」

    「脳の機能は、多様な部位、多様なニューロン、多様な神経伝達物質、そして多様な遺伝子が相互作用しながら働くアンサンブルによって実現されていると考えざるを得ない。そのアンサンブルの姿を解明したときこそ、脳を解明したといえるのであろう」

    うん、アンサンブル、いいですね。

  • 2023.12.01

    脳はまちがえていい ①

    毎年優れた出版物に贈られる「毎日出版文化賞」の2023年度の受賞者・受賞作品が発表され、その紹介記事にひかれて「自然科学部門」で選ばれた著作を読みました。例年受賞作品は重厚な作品が多く、つど「覚悟を決めて」手にはとるようにしているのですが、この著作は新書ということもあって、あまり逡巡しませんでした。毎日新聞社が主催している文学賞という「身内びいき」ではなく、新書として一般読者向けに難しいテーマを実にわかりやすく、かといって手を抜かずに説明してくれている著作で、個人的には今年度の新書ナンバーワンでした。

    『まちがえる脳』(櫻井芳雄、岩波新書、2023年)

    書名にあるように「脳はどんなに頑張ってもまちがえてしまう」とのっけから直球、という感じ。ちょっとがっかりしてしまいますよね、でも「まちがえることにはメリットもあるらしい。それは新たなアイデアの創出、つまり創造である」、おっ、うれしくなりますね。「つかみ」としてすごくいい、ページをめくる手が早まります。

    脳の働きについては、脳内で信号を発生する細胞ニューロンの説明から入ります。ニューロンとかシナプスとかは教科書でも扱われますが、「ニューロンは自力で発火することができない」「それでは一体、脳の信号は、最初はどこでどのように発生しているのであろうか」と、ここでもかなり根源的な問いが投げかけられます。そして

    「脳の自発的活動、すなわちヒトの自発性はどのように生まれるのか、という大きな謎が浮上してくる」

    「結局、現時点では、脳の自発活動の出発点は謎であり、自発できない相互依存のニューロンが組み合わさり、協調することで自発性が生まれるものではないかというような、抽象的な仮説にとどめておくしかない」

    ちょっと肩透かしと思わなくもないのですが、脳はまだまだわからないところだらけということが素直に語られるので、その前提で読み進めることになります。そして、ぐいぐい引き込まれます。

    脳の最新研究が紹介されていくのですが、脳の話についての「補助線」「比較材料」としてコンピュータやAIがよくとりあげられます。AIが人間に近づいているかのように言われるとき、例えばロボットように人間の「動き」に近づくという側面もありますが、多くの人はAIが「人間のように考える」ことをイメージするでしょう。その点、櫻井さんははっきりと書きます。

    「脳はコンピュータのような機械とは本質的に異なっており、人が想像可能な精密機械として理解することは難しそうである。たしかに21世紀に入るあたりから、従来の機械論的な視点を超えた斬新な研究成果や仮設が報告されている」

    「脳の活動が心を生んでいることは自明である。(略)しかし逆に、心が脳の活動を制御できることもわかってきた。これが脳を機械にたとえることができない決定的な理由かもしれない。制御する側である心は、同じ脳から生じているにもかかわらず、制御される側の脳活動からは独立して働き得る。機械でこのような機能を備えたものはない」

    「脳の活動は、記憶をはじめ、感覚や運動など多様な機能を生み出しているが、そのような活動と機能を俯瞰しているのが心ではないかと考えられる。もちろん心も脳の活動であり、決して神秘的な存在としてどこかに浮遊しているわけではない」

    「人がつくってきたシステムは、ほとんどすべて最上位の制御中枢(コントロール・センター)をもつ。そして制御中枢からの指令が一方的に流れることで、他の装置、あるいは集団や個人を制御している。しかし脳は、そのような人の設計思想を超えた、独自の自律的な制御方式を採用しているようである。それは、特定の指令所をもたず、集団が集団自身を制御するという、いわば「究極の民主主義」とでも呼ぶべき方式なのであろう」

    なにやらAIにとって代わられるような漠然とした不安を感じる時代になっただけに、「ヒトの脳」すばらしいじゃないか(私の脳、ではありませんよ)と、ちょっとうれしくなります。

  • 2023.11.30

    新幹線本 こんなものまで ④

    新幹線本、最後は実際に東海道新幹線に乗る時に持っていってください、という本です。

    『デジタルガイド車窓の旅1 東海道・山陽新幹線 上』(編集協力=種村直樹・宮脇俊三・国鉄新幹線総局、河出書房新社、1982年)
    『デジタルガイド車窓の旅2 東海道・山陽新幹線 下』(同、河出文庫、1984年)

    単行本と文庫本ですが、同じシリーズ本の上下巻です。上巻を購入してしばらして文庫本になり、下巻購入時は文庫本を手にした、ということでしょう。いやあ、こんな本つくってしまうんだ、というユニークな本です。

    中を見ていただければいいのですが著作権もあるので、説明します。見開き2ページのど真ん中に東海道新幹線の路線に見立てた横線がひかれています。横線の上半分は山側(新幹線座席番号の2人掛けD、E席側)、下半分の海側(3人掛けA、B、C席側)の車窓に何が見えるかが紹介されています。工場とか団地は地図記号で、橋でまたぐ川の名前やトンネル部分にはトンネル名が記される、といった具合。

    一般的な地図は地形を忠実になぞるので新幹線の路線は曲がります。ここでは新幹線は一直線、周辺も車内から見えるものだけをピックアップした「地図」と言えなくもない。ページには東京駅から出発してからの経過時間が書かています。ここが重要、「デジタル」と称するゆえんでしょう。

    つまり東京駅を出て何分後はこのあたりを走っている、その時、車窓からはこういう風景が見えている、というガイドブックになっているのです。時計をにらみながらページをめくっていくと、車窓から見える特徴的な建物・施設などが何であるのかがわかるわけです。トンネルに入った、「これは〇〇トンネルだ」とか「橋を渡った。〇〇川だ」とかがわかるわけです。

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    それがどうした、と言われれば、それまで。いやあ、実際にその通りにこの本を使う人がいるとは思えないのですが、いかがでしょう。「えっ、自分はどうかって」、律儀に1ページ目からめくっていった記憶はないけれど、乗るたびに気になっていた建物や施設を随時、チェックする時に参照したことはあるような気もします。

    ちなみに下巻は新大阪博多間の山陽新幹線部分ですが、こちらは正直、編集部は悩ましかったと思います。なぜって、山陽新幹線ってトンネルが圧倒的に多く、また走っているところも山間部ばかり、車窓を楽しむ区間ってあまりないですから。

    デジタルガイド車窓の旅の1、2となっていますが、このガイドのシリーズは続いたのでしょうか。山陽新幹線以降、東北新幹線なども事情は同じで山間部を走り、トンネルも多く、車窓ガイドが成り立たないのではと心配してしまいます。

    それにしても編集協力に種村直樹、宮脇俊三の名前があることに今回、気づきました。これはすごい、このお二人について書き出すともう止まらないので、今後機会があれば。

    さてこのデジタルガイドですが、新幹線はスピードアップするので、表記の東京駅からの経過時間も微妙に変わってきます。また、車窓から見える建物もなくなったり、建て替えたりするでしょう。「資料」?として古くなってしまうことは避けられません。

    というわけでもないのでしょうが

    『新幹線の車窓から 東海道新幹線編』(栗原景、メディアファクトリー、2009年)

    こちらもやはり車窓から見える特徴的な建物、施設を写真で紹介しています。1ページに1スポット、やはり探すヒントとして東京駅からの経過時間が表記されています。筆者は東京新大阪間を何往復もして窓越しに写真を撮りだめたそうです。それぞれの施設や建物の見つけやすさを「目撃難易度」として★印の数で示している「お遊び」が面白い。線路から遠くに見える、あるはい小さい施設はそれは確認しにくいですよね。

    いい着想だと思ったのは「よく見る看板ベスト5」、そう田んぼや畑の中に立っている大きな看板広告を目にしますよね。ほら、飛行機の名前みたいなある数字が大きく書かれているのとか。筆者はその広告の数を数えてランク付けし、その広告会社に取材しています。「効果はあるのですか」と。

    改めて新旧比べると、同じポイントでも東京駅からの経過時間がかなり異なります。「ひかり」から「のぞみ」へのスピードアップです。また、『デジタル』は比較的線路に近い施設が多く、「こぼれ話」的なエピソード、うんちくが豊富。栗原本は遠景や看板などにも力をいれているように感じます。

  • 2023.11.28

    新幹線本 こんなものまで ③

    最近の鉄道関連ニュースで驚かされたのは、東海道新幹線で車内販売がなくなった、ということです。食堂車がなくなり、在来線特急ではいち早く車内販売がなくなり、最後に残っていた新幹線でもついに、という感じです。

    毎日新聞のニュースサイトの記事 こちらから  (一部有料なので全文は読めませんが)

    『新幹線ガール』(徳渕真利子、メディアファクトリー、2007年)

    パーサーと呼ばれる東海道新幹線の車内ワゴン販売の方が書かれた本です。アルバイトで入社し正社員となった23歳、東京大阪を往復する回数は月平均22回だったころ、平均値の三倍の売り上げを達成し、社内で表彰され、新聞でもとりあげられたそうです。ある1日の動きの紹介から始まって事前準備、苦労話などがつづられています。

    「接客のコツ」にこんな話が載っています

    ・何度も行き来すれば売り上げが増えるというわけではないのです。自分が意識していることと言えば、ワゴンを押すときにお客様へのアイコンタクトを絶対に忘れないようにしていることぐらいです。

    ・お客様に「ビールを一つください」と言われたら、必ず「ご一緒におつまみはいかがですか」とお薦めするように教わりました。これは私が意識して守っていた教えです。

    ・「接客にあたっての五A」というものがあります。アタマニクルナ。アワテルナ。アセルナ。アキラメルナ。アテニスルナ。これが新人のときにはとても役だちました。

    ・お客様が出されている「買いますよ」サインを見逃さないようにすることも大切です、例えば私の場合、入室したときに(各号車に入る時に)チャリチャリと小銭を探すような音がしたら、その音を立てたお客様を探します。

    いやあ、すばらしいですね。

    運転士さんばかりでなく車掌さんからも。

    『新・新幹線車掌日記 時速210キロの人間模様』(岡田重雄、実業之日本社、1981年)

    国鉄に入社し首都圏の電車で車掌一筋、東海道新幹線開業時に新幹線車掌の一期生として開業列車に乗務したとのこと。1973年に『新幹線車掌日記』を書いていて、その続編にあたるようです。車掌さんなので、車内で乗客と直接ふれあう場面も多い、「新幹線のスターたち」の章では芸能人やスポーツ選手、政治家らとのやりとり、エピソードがつづられています。

    「車内検札」という一章があります。かつては、車掌さんが車内を回り乗客一人ひとりの切符を確認していました。これが車内検札、駅が自動改札となり座席予約も電子管理なのでどの座席が予約済みかは車掌さんの手元のタブレットで確認できるようになってきているので、最近では検札も不要になってきています。若い人の中には、検札を経験してことがない人もいるかもしれませんね。

    余談ではありますが
    車内検札は列車の端から車掌さんが回ってくるのでいつ自分のところにくるかわからない。車内でいち早く眠りたい人もいますよね。そこで、座席(シート)の後背側に切符をはさんでおくポケットを付けた車両が走っていたことも覚えています。眠っていても、車掌さん起こさずに確認してください、というわけです。誰かが切符を持っていってしまうことはまあないでしょうが、それにしても、治安がいいといわれていた時代の産物かもしれません。
  • 2023.11.25

    新幹線本 こんなものまで ②

    新幹線本でこんなものまである①では、新幹線の技術開発に携わった人をとりあげた本をいくつか紹介しましたが、新幹線の「技術」あるいは「運転」に関してもいくつかあります。

    『新幹線 「夢の超特急の20年」』(海老原浩一、日本交通公社、1984年)

    ここでも「夢の超特急」ですね。タイトルだけみると新幹線の歴史についてのようですが、軌道や架線の構造、安全対策、車両のつくり、列車ダイヤとその運行など、どちらかというと技術面が中心。ちょっとページを折ったところもありましたが、あまり読んだ形跡はないですね。

    『新幹線の運転』(にわあつし、KKベストセラーズ、2010年)

    筆者は新幹線の元運転士。「運転士が見た鉄道の舞台裏」と副題にあるように、車両の特徴などはもちろん紹介されているのですが、運転士として乗車前の準備から始まり、東京駅を出て「どこどこトンネルを抜けると・・・」といった運転席での動きが細かく描かれています。こちらも購入はしたものの、といった感じがします。

    『図解 新幹線運行のメカニズム』(川辺謙一、講談社ブルーバックス、2012年)

    理科系本のシリーズ、ブルーバックスの1冊とあって、技術面の解説も一段と精緻。

    『東海道新幹線 運転席へようこそ』(にわあつし、新潮文庫、2014年)

    やや、今気づいたのですが、『新幹線の運転』と同じ筆者、しかもこちらは文庫、いやな予感。確認すると「本作品は書下ろしです」、ほっ。運転士経験からのエピソードは『新幹線の運転』で紹介されているものと共通の部分もありました。

    『新幹線99の謎』(新幹線の謎と不思議研究会・編、二見文庫、2005年)

    なにやらすごいネーミングの研究会があるかのようような体裁ですが、編集者がいろいろな資料をもとにまとめたのでしょう。帯に「長い旅がもっと楽しくなる本」とあるように、99の謎、つまり99の話題を並べているので、興味のある所を拾い読みすればいい、「文庫本なのでかさばらず旅のお供に」といったねらいですかね。ということで私自身もそうやって購入したのかしら、ちょっと覚えがありません。

    余談ではありますが

    新幹線の運転についての本を書いていて思い出したことがあります。新聞社で児童向けの媒体の仕事をしていた時、媒体の特性としてJR東海の広報の方とよくお会いしました。新聞などマスコミ取材の窓口になる部署ですね。まだ若い方だったのですが、あれこれ話をしているときに「わたし、新幹線の運転できるんですよ」と言われてびっくり。

    電車の運転士とか車掌さんとかは希望して訓練を受け、その資格をとるというのが一般的です。上記『新幹線の運転』でも新幹線の運転士は「狭き門」で、JR東海の場合は営業(運輸職)部門を希望、駅に勤め、試験を受けて車掌になり、そこで経験を積んで新幹線運転士の試験を受ける資格がつく、合格したら見習いとして乗務し、新幹線電気運転免許を受け取る、とあります。

    いろいろ聞いてみましたが、もちろんこの彼が乗客のいる列車を運転するということではなく、運転も実際に体験することが本社勤務に生きる、という会社の考えだったようです。